血栓症

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みなさんが、子供の頃のかさぶたをたくさん作りましたか?僕なんか、かさぶたの乾く暇もなく(けんかじゃありませんよ。セミ取り、さかな取りなど)泥だらけ、傷だらけの子供時代でした。かさぶた(医学用語では痂皮)が出来ると、傷が治ったと思っていたが、それはちょっと違うようです。


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では、実際には、傷はどうやって修復されているのでしょうか。血管が破れた後、血栓が出来て、溶けて、傷が治る仕組みを図で示すとこうなります。

①血管の内側は、内皮細胞が覆っています。それがなんらかの原因で傷ついて出血したとします。
②血液中の成分である血小板が次々に集まって傷口をふさぎます。血栓とは、血管にできた傷をふさぐために作られる血の塊のことです。(一次止血栓:白色血栓
③④ 次に血漿に含まれるフィブリノーゲンと呼ばれるタンパク質が酵素の働きによりフィブリンという線維状の物質になって、網の目状に傷口を覆って、完全に止血されます。(二次止血栓:赤色血栓
⑤⑥ここまでが血液を固め、出血を止める「凝固系」のしくみです。この状態で、血管の傷口の内皮細胞や軟部組織が完全に修復されます。
⑦⑧血管の傷口が完全に修復され、血栓が不要になると血栓を溶かす「線溶 系」のしくみが働きます。血栓ができると血液中にあるプラスミノーゲンという物質が活性化されてプラスミンという線維素溶解酵素に変り、フィブリンを溶かし血栓を除去するのです。

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人間の体って本当にうまくできていますよね。血液には血液を固まらせる仕組み(凝固系)と血液を溶かす仕組み(線溶系)が微妙なバランスを保っているのです。つまり、必要な時に血が固まって、必要な時に溶けないといけません。これは、どちらに偏っても困ります。厳密に言えば、血栓が出来た瞬間に、線溶系も同時に活性化しています。

46億年の地球史上、大変動を繰り返す”荒ぶる星”で、生命は幾度となく絶滅の危機にさらされながら、生き延び生命を人類に進化させてきた長い月日を考えれば、ついさっき(1万年前ぐらい)までは、出血が最も生命を落とす原因であったことは、想像に難くありません。

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糖尿病のところのお話で、生き延びていくうえで、餓死が最大の原因であった長い時代に、血糖を上げるホルモンはたくさん用意されているが、血糖を下げるホルモンは、インスリンだけという話もありました。世の中には、血が固まって血管が詰まる病気と血が溶けて出血傾向になる病気がありますが、今の時代、臨床的には、圧倒的に血栓症が多いんです。「血液サラサラ」の方が得策であることはと間違いないでしょう。たしかに出血傾向の患者さんもいますが、僕ら開業医のレベルで見ることはほとんどありません。



臨床的に重要なのは、心筋梗塞、脳梗塞、深部静脈血栓症の3つです。さて、血栓症をざっくり分けました。(実際はここまで割り切れなませんが、細かい話をすると本当にこんがらがるので、ためしてガッテン形式で)

心筋梗塞 動脈血栓 白色血栓=血小板血栓 抗血小板薬(アスピリンなど)
脳梗塞
深部静脈血栓症 静脈血栓 赤色血栓=フィブリン血栓 抗凝固薬(ワーファリンなど)

抗血小板作用の機序にはいろいろあります。

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アスピリンの1日投与量では、75~150mg/日以上で有意な効果が認められ(75mg/日未満の用量では効果が認められない)低用量であるほど消化管障害のリスクも軽減できることから、75~150mg/日が推奨されています。(脳梗塞や心筋梗塞の急性期など200~300mg程度の用量が必要)

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深部静脈血栓症(DVT:Deep vein thrombosis)

深部静脈血栓症は、ふくらはぎまたは大腿、骨盤の深部静脈に血のかたまりができる病気です。放っておくと、この血栓の一部が血流にのって肺に流れて肺の血管を閉塞(肺塞栓)してしまう致死的な病気を引き起こす危険があり、早期診断し、抗凝固療法を開始することで、DVTの進展、肺塞栓、再発を予防することができます。

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DVTの臨床症状は、典型例から非典型例まで様々です。典型的な患者に最も認められる症状として、疼痛、腫脹(末梢まで腫脹)、発赤、熱感 、Homan’s sign(足の背屈で腓腹部に疼痛)などが代表的ですが、限局した静脈血栓や、不完全閉塞、側副路が存在する場合には症状は現れにくく、DVT全体の3分の2以上が無症候性で、検査(下肢静脈エコー、胸部造影CTなど)によって偶然に見つかるということも少なくありません。

また、これらの症状はDVTとして特異度は低く(25%)、非血栓性の疾患である下肢外傷、蜂窩織炎、閉塞性リンパ節腫脹、表在静脈血栓症、静脈炎後症候群、Baker嚢腫など(深部静脈血栓症との併存もあり得る)との鑑別が必要です。

これが本当にDVTか?って疑った場合、その診断には、下肢静脈エコーDダイマーの組み合わせが有効ですが、その前に、検査前確率を推定しておくことが重要です。

DVTの危険因子については、多くの報告があります。妊娠・出産(特に帝王切開出産)には、胎児の存在により物理的に下大静脈や腸骨静脈が圧迫されますので、静脈の血流が悪化したり、妊娠経過により止血因子(vWF、フィブリノゲンその他)が上昇し凝固活性化状態となります。経口避妊薬も血栓症の原因として良く知られています。手術後(特に骨盤内臓・整形外科領域)、ベット上安静、下肢麻痺により下肢の筋肉ポンプが働かなくなります。心不全、ネフローゼ症候群では下肢静脈流が低下します。深部静脈血栓症肺塞栓症の既往は、極めて強い危険因子です。

高齢者が誤嚥性肺炎、骨折、脳出血などなどで入院した時(長期臥床は中等度)には、ルーチンで弾性ストッキングを履かせておかないと、もし肺塞栓などを併発して死亡でもしようものなら、裁判で負ける時代です。(大阪地方 平成21年)

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また、全身性血栓性素因の有無のチェックは、重要です。先天性凝固阻止因子欠乏症としては、アンチトロンビン欠乏症(血中アンチトロンビン活性を測定)プロテインC欠乏症(血中プロテインC活性を測定)プロテインS欠乏症(血中プロテインS活性を測定)の3つです。後天性血栓性素因としては、抗リン脂質抗体症候群(抗カルジオリピン抗体(抗カルジオリピン-β2GPI複体抗体)とループスアンチコアグラントを測定)高ホモシステイン血症(血中ホモシステイン濃度を測定)の2つです。

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欠損する因子によって、動脈血栓と静脈血栓両方起こす疾患と、静脈血栓だけ起こす疾患があります。深部静脈欠損症は、全部調べなければなりませんが、動脈血栓があれば、高ホモシステイン血症と抗リン脂質抗体症候群だけ調べればOKです。ちなみに、頻度的には、抗リン脂質抗体症候群の最もよく見られます。ただ採血の際に、ヘパリンで治療中だとAntithrombinⅢは低値、ワーファリンで治療中だとProtein Sが低値になるので注意が必要です。

また、線溶異常症としては、プラスミノゲン異常症(血中プラスミノゲン活性を測定)は、日本人の3%にみられます。(血栓症の原因?)高Lp(a)血症(血中Lp(a)濃度を測定)は、プラスミノゲンと類似した構造を有し、拮抗的に作用し、動&静脈両者の血栓症の危険因子です。


1856 年、Virchow は、静脈血栓症の誘発因子として①血流の停滞 ②静脈壁の障害 ③血液凝固能の亢進の三徴を提唱しましたが、現在でもこの概念は変わっておらず、これらの因子が種々の程度に絡み合って、血栓形成がなされていきます。

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静脈血栓症の診断ツールとして、Wells prediction rule(DVT用の臨床予測ルール)を紹介します。

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臨床的にDVTが疑わしさが低い場合は、Dダイマー陰性なら終了です。Dダイマー陽性なら、下肢静脈エコーを行います。検査前確率中等度の場合は、Dダイマー陰性かつ具合もよければ終了です。Dダイマー陰性でも、具合が悪ければ(家族が心配そうなども含む)下肢静脈エコーを行います。検査前確率で、DVTの可能性が高い場合は、下肢静脈エコー、造影CT、MRI、静脈造影などを複数の検査で確定診断を行います。

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Dダイマーは、感度は高い(陰性陽性率に優れる)が非特異的な指標であり、Dダイマーの結果が陽性でもDVTの診断を「確定」するのには役立ちません。特に、推定される臨床的可能性が高くなるほど特異度は低下し、偽陽性が増えることになります。これは、重症の症例ほど、Dダイマーの上昇する手術やがんなど併存病態によるものかもしれません。

Dダイマーの使い方とその解釈ですが、推定されるDVTの可能性が低い場合とDダイマーの結果が陰性であることの組み合わせは、下肢静脈エコーをしなくても、DVTではないと安全に言い切ることができます。(すべての患者さんに画像診断までする必要はない)しかし、臨床的疑いの高い患者さんでは、Dダイマーの値が正常でも陽性尤度比が十分低くなく、DVTを除外するためには、画像診断が必要です。Dダイマーは、通常ラテックス凝集法、あるいはELISA法により測定されますが、DVTの除外診断を行うためには、必ず高感度のELISA法で測定することが必要です。

下肢静脈エコーは、静脈圧迫とカラードップラー法を組み合わせて行います。プローブの圧迫によっても静脈が圧縮されない場合(lack of compressibility)の近位DVTに対する感度は93.8%、特異度は97.8%、遠位部DVTに対する感度が56.8%(カラードップラーの併用で感度は71.2%)と報告されています。

下肢静脈エコーは、結構時間がかかるので、1本1本丁寧に診ているわけではありません。大腿静脈の短軸と長軸像、膝窩静脈の短軸像をざっと診るだけです。

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遠位部に限局したDVTは経過を見ています。
ヒラメ静脈、腓腹静脈、前・後頸骨静脈などの詳細は、清書にお任せします。


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大腿静脈の短軸像です。大腿動脈を挟んで、大腿静脈と大伏在静脈が診られます。カラーを載せると赤と青に血流が表示されています。圧迫すると静脈は潰されて、ぺっちゃんこになって、血琉信号もなくなってしまいました。


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動脈と静脈をプローべをぐーっと押しつけると、動脈は、壁も厚く、圧も高いのでそう簡単には潰れませんが、静脈は、壁も薄く、圧も低いので、圧迫すると正常では簡単に潰れてしまいます。もし、静脈に血栓があれば、圧迫しても潰れません。急性期は、血栓のエコー輝度が低いため、正常血管と区別が困難となります。したがって、血栓が疑われる場合、カラードプラー法や圧迫法がかなり有効といえます。また、慢性期では血流のある部分は潰れ、血栓のあるところだけが潰れません。


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血栓がある場合、カラーはのらず、また、圧迫しても潰れていません。


DVTの診断された場合は、そのうち80%は近位(膝窩静脈、またはより近位の静脈)で、20%が腓腹部に限局するDVTです。近位のDVTの約半数は、肺塞栓を合併するので、同定され次第直ちに抗凝固療法が開始しなければなりません。一方、腓腹部DVTの30%が近位への進展を認めるため、初診時は2週間後のフォローが必要です。安易にDVTと診断して、抗凝固療法を開始することは、大量の出血の危険性(5%)があり、また定期的な外来通院と頻回の検査を強いることになるので慎むべきです。

ちなみに、肺塞栓症に関しても、臨床予測ルールがあります。

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悪性腫瘍と凝固能亢進

悪性腫瘍の存在は、がん細胞はトロンビン産生を促進させ、凝固能を亢進させる働きがあります。さらに、臥床や感染症、手術や薬剤、外部からの圧迫や脈管浸潤により静脈血栓症が引き起こされる可能性など、がん患者における血栓塞栓症発症の修飾因子として関与していると考えられています。(DVTの診断がなされたら、癌が隠れていないか留意)また、担癌患者では、遊走性静脈炎を合併することがあり、Trousseau症候群として知られています。

がん患者における血栓塞栓症の発症頻度は約11%と報告されていますが、静脈血栓塞栓症の合併しやすいがんがあります。

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深部静脈血栓症血栓性静脈炎は、名前は似ていますが全く違う病気です。見た目には血栓性静脈炎の方が派手ですが、深部静脈血栓症の方が、致死的であり、重症の病態です。(合併することはあり)

項目名1 血栓性静脈炎 深部静脈血栓症
病態 炎症 → 二次的に血栓 血栓 → 二次的に炎症
場所 表在静脈 深部静脈
原因 静脈瘤、外傷
原因不明も多い
長期臥床、悪性腫瘍
先天性&後天性凝固異常など
症状 発赤、疼痛(炎症を起こした血管)
炎症を起こした静脈の走行を皮膚を通してみえる
重症例では、皮膚が汚くただれる
片下肢の腫脹、疼痛
肺塞栓 合併なし しばしば合併
治療 局所療法(消炎鎮痛剤、抗生剤)
抗血栓療法は不要
抗血栓療法(急性期はヘパリン類、慢性期はワーファリン