厚生労働省は、2011年に地域医療の基本方針となる医療計画に盛り込むべき疾病として指定してきたがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の4大疾病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めた。医療計画では、明示するべき疾病として「患者数が多く死亡率が高いなど緊急性が高いもの」「症状の経過に基づくきめ細かな対応が求められ医療機関の機能に応じた対応が必要なもの」「病院・診療所・在宅の連携に重点を置くもの」という条件を示している。職場でのうつ病や高齢化に伴う認知症の患者数が年々増加し、国民に広く関わる疾患として重点的な対策が必要と判断した。医療計画は都道府県が作成するもので、5年ごとに更新。4大疾病に「救急」「災害時」「へき地」「周産期」「小児」の5事業を加えた「4疾病5事業」ごとに、地域で適切な医療が切れ目なく提供されるよう、病院の連携体制や数値目標を設定してきた。
厚労省が実施した08年の患者調査によると、精神疾患の患者数は約323万人。4大疾病で最も患者数が多い糖尿病(約237万人)を大きく上回り、がん(約152万人)の2倍に上る。また、年間3万人に上る自殺者の約9割が何らかの精神疾患にかかっていた可能性があるとの研究結果もあり、患者の早期治療や地域の病院、診療所との連携が求められている。
「こころ」の病気を取り扱います。「こころ」を作っているのは脳(brain)であって心臓(heart)ではありません。だからハートクリニックは循環器が専門であって、精神科で使っているのは全くの誤用です。18世紀ごろまでこころのありかは心臓と考えていた名残が残っているわけです。脳のそれぞれの部位の働きがわかってきたのは18世紀以降です。神経細胞の複雑な活動、伝達などがわかってきたのは20世紀後半です。脳はとても複雑な活動をしていて、それらが集まって「意識」=「こころ」を作り出しているのです。
この人間らしい高度な精神活動(記憶や知能など)を創り出しているのが大脳皮質(新皮質)です。人間では、大脳皮質が大きく発達し脳の大部分を占めています。一方、古皮質(梨状回、海馬)と旧皮質(帯状回、海馬回)に基底核の一部を含む領域は大脳辺縁系とよばれ、特に古皮質は、個体維持や種族保存(性欲)に関係しており、本能に基づく情動行動(怒りや恐怖等)や自律機能に重要な役割を果たしています。
脳は、神経細胞の集合体です。神経細胞は、脳内にだけあるわけではなく、体中に神経細胞が張り巡らされています。しかし、脳内の神経細胞の密度はほかと比較にならないほど高く、脳には500億〜1000億個以上の多数の神経細胞が密集しています。細胞体から出てくる突起は樹状突起と呼ばれ、一つの細胞体から1万〜10万という単位で樹状突起が生えていて、情報の取り入れ口になっています。細胞体に続く部分は軸索と言います。神経細胞の細胞体に情報が伝わると細胞体は興奮し、その興奮は電気信号として軸索に伝わり、軸索の末端に伝導されます。軸索は、電気信号をの軸索終末に伝える導線のような働きをしています。
樹状突起と軸索終末の間には、20〜30nmの小さな隙間があり、シナプス間隙と言います。神経細胞を伝わってくる信号は電気的なものですが、電気はシナプス間隙を飛び越えられません。神経細胞の終末部にはシナプス小胞という袋があり、電気信号はこの小胞を刺激して、小胞内部にある「神経伝達物質」をシナプス間隙に放出します。接続する神経細胞の樹状突起にはレセプターと呼ばれる神経伝達物質の受容体があり、神経伝達物質を受け取ると受容体は電気信号を発し細胞体に情報を伝えます。
神経伝達物質は、神経細胞間の情報の受け渡しになくてはならないものです。神経伝達物質は、数百個以上あると推測されており、接続する神経細胞の活動を刺激するものから反対に抑制するものもあります。「こころ」の病気の基本原則は、脳内においてなんらかの原因で神経伝達物質の量やバランスが変化したり、機能や働きが乱れることで精神状態にも異常がでてくると考えられています。
多数の神経伝達物質のうち、こころの病気と深く関わってくるのが、セロトニンとノルアドレナリンとドーパミンの3つです。これらの3つは、アミノ基を1つだけもつのでモノアミン系と呼ばれ、セロトニンが減ると不安や落ち込みが強くなり、うつ病やパニック障害、強迫観念に関連しています。ノルアドレナリンが減ると意欲や気力が低下し、ドーパミンが減ると興味や楽しい感情を失うと言われています。
こころの病気といっても、種類も症状も様々です。こころの病気を診断し、病名をつける方法は体の病気とは考え方が異なっています。体の病気の場合、病名は臓器の種類や部位、原因によって分類されることが多いのですが、こころの病気の場合は、おもに脳というひとつの臓器を対象にしており、また原因がわかっていない疾患が多いという特徴があります。そのため、現在では特徴となる症状と持続期間およびそれによる生活上の支障がどの程度あるかを中心に診断名をつける方向に変わって来ました。こころの病気についてのおもな診断基準として、病名をつけるうえでは原因は問わない、表面に表れた症状をもとにして病気を分類します。
(1)気分障害
うつ病を中心としたグループです。まず、精神状態のうちで「気分の落ち込み」に注目してまとめています。気分障害の気分とは長く続く感情、情動を意味します。気分変調障害は、症状は軽いが2年以上長期に続きます。
うつ病性障害(=単極性障害)大うつ病、小うつ病、気分変調障害
躁うつ病(=双極性障害)
(2)不安障害
次に「不安」という感情に注目してまとめられたグループです。過剰な不安に苦しむのが共通点です。
パニック障害(広場恐怖を伴うもの、伴わないもの)
強迫性障害
社会不安障害
全般性不安障害
外傷後ストレス障害(PTSD)
(3)統合失調症
3つ目のグループは、「The 精神病」最も代表的な疾患です。単に精神病というと統合失調症を指すことが多いわけで、精神病院に入院している患者さんの中心は統合失調症です。2002年までは精神分裂病と呼ばれていました。
(4)その他
心気症
身体化障害
アルツハイマー型認知症、その他の認知症
アルコール依存や薬剤などの依存症
不眠症
摂食障害
性同一性障害
自閉症、注意欠陥多動性障害
うつ病
うつ病は、がんばりが足りないとか怠けているとか本人の意志の問題ではなく、治療が必要な病気です。こころの風邪とかと喩えられますが、そんなに簡単になおるわけではなく、治療には半年から数年かかり、死ぬこともある甘く見てはいけない病気なんです。うつ病は、こころのエネルギーが枯渇している状態なので、仕事を休んで、十分な休養がとれるように環境を整えることが大切です。苦しい絶望感から逃れるために自殺念慮のある患者さんは入院させて睡眠導入剤でたっぷりと睡眠をとってもらうことも考えなければなりません。
パニック障害
パニック発作の診断は、1〜8までは身体症状なので、僕ら素人でもこれは「パニック発作」の疑いですと言えるわけです。
これだけでは、パニック発作とは確定はできていません。精神科の先生方が、紹介された後どうして診断するかというと、1回だけの発作ではダメなんです。パニック障害の患者さんが、パニック発作1回で終わるはずはないので、必ず何回も繰り返します。さらに、それも予期しないパニック発作の反復です。予期しないとは、人前で罵倒されるとか、スピーチ恐怖(スピーチが苦手な人が急に指名されて人前で話をすることになる)外傷後ストレス障害などのトラウマがあり、同じ様な体験をしたときなどで急にドキドキして息苦しくなって吐き気、めまいが起こるなど、明らかな原因がある場合は、何回パニック発作を繰り返してもパニック障害とは診断されません。また、予期しない状況で発作が起こった後、1ヶ月以上に渡って、また発作が起こるのではないかという心配が継続したり、心筋梗塞で死んでしまうのではないかいう不安が続いたり、電車に乗れないなど発作と関連した状況で行動に大きな変化を伴ったりしたときに初めて、パニック障害と診断されるわけです。
パニック障害の疫学です。
生涯有病率 1.6〜4.7% (長年にわたって苦しんでいる患者さんも多い)
女性に多い(男女比 1:2)
初発年齢 20歳代
救急医療で身体的衆生で入院することが多い
心血管系合併率が高い
自殺率が高い
過換気症候群は、パニック障害とほぼ同じ病態である。過換気を伴わないパニック発作(他の症状で診断基準を満たす。過換気症状は必須ではない)があるし、過換気症状はあるが、パニック発作の診断基準は満たさない場合もあり得ます。
発症のメカニズムは、警報機の誤作動です。脳幹は生命活動の基礎的は働きを担当していて脳幹部にある青斑核は危険を身体に知らせる警報機の役割を果たしています。パニック障害では、実際には心臓にも呼吸器にも問題が起こっていないのに、突然、青斑核が危険警報を発して止まらなくなります。誤報であっても警報が鳴ると恐怖感が生じ、身体は反応して危険に備えます。脈は速くなり、血圧が上昇し、過呼吸になります。この青斑核の誤作動も脳内の神経伝達物質のアンバランスが原因です。ノルアドレナリンが青斑核から過剰に放出されることによってパニック発作を引き起こしていると考えられています。
パニック発作は本人にとってはとても苦しいものですが、死に至ることはなく、多くの場合10分程度、長くても30分以内には治まります。発作が治まればこれですべて解決とはならず、強い不安が残る場合があります。大脳の辺縁系に影響を及ぼすとまた発作が起こったらどうしようという不安がいつもこころの中にあり、用心深くなり、ゆっくりした気持ちになれなくなります。発作は大変怖いのですが、頼りになる人が一緒にいてくれれば多少心強いですし、発作が起きても安全なところに逃げ出せる場所なら少しは安心です。しかし、逆に助けてくれる人がそばにいない時やエレベーターの中や高速道路など逃げられないところでは発作が起こったらどうしようと心配でたまらなくなります。これを広場恐怖と言います。広場といっても単に広い場所を指すのではなく、実際には助けてくれる人がいない状況や囲われていて逃げられない場所を意味しています。そしてこのような場所を避けることを恐怖症性回避と言います。最も重症の場合は、1人では家から一歩も外に出られなくなります。
パニック障害は、放っておくと徐々に重症になって、学校にも会社にも行けなくなってしまいます。軽い段階から早期介入が大切です。治療の基本はSSRIとBZDの併用です。SSRIの効果は、ゆっくり潮が満ちるように効いてきます。焦ることはありませんが、SSRIが効いてきが楽になったら、近所に出かけてみましょう。パニック発作が数ヶ月起こっていないことも自信になってきます。駅に近ずいて買い物もできるようになります。ただそれでも電車に一人で乗るとなるとかなりのハードルの高さを感じます。しかし、いま残っている恐怖感を克服するには実際に電車に乗って発作が起きないことを実感することが大切です。気の向いた時に友達に付添ってもらって電車に乗ることをトライすることになりました。(行動療法)
細かな目標を立てます。
(1)友人と各駅停車の車両のドアの近くで1駅だけ乗る
(2)友人と各駅停車の車両の真ん中に1駅だけ乗る
(3)友人と各駅停車の車両の真ん中に2駅だけ乗る
(4)友人と各駅停車の車両の真ん中に3駅だけ乗る(10分ほど乗る)
(5)1人で1駅乗る
(6)1人で2駅乗る
(7)1人で10分乗る
(8)1人で快速に10分乗る
(9)1人で快速に20分乗る
(10)1人でラッシュアワーの時に乗る
細かい目標ですが、これが大事です。自信回復のためには、少しずつ確実に目標をこなすプロセスが大事です。
社会不安障害
ここでいう「社会」は、広い社会全体を指すのではなく、人から注目されたり、評価を受けたりする場面といういいです。人前で何かをしようとした時に不安に襲われ、極度に緊張する病気です。人前で緊張することは、誰にでもあることですが、異常なあがり症という症状で、会議中に発言を求められたりすると緊張して心臓がバクバクして口はカラカラになり、頭の中は真っ白になって全く答えられない(場面緘黙)人がいます。普段の日常会話は普通に話せるのに職場では電話も出られなくなります。このような症状は昔から「対人恐怖」「赤面恐怖」「スピーチ恐怖」と表現されてきました。人が見ていると手が震えて字が書けない「書痙」という症状もあります。ここまでいくと仕事や生活にも支障をきたすようになります。
全般性不安障害
外傷後ストレス障害(PTSD: posttraumatic stress disorder)
統合失調症
統合失調症は、幻覚や幻想にみまわれたり、また外部からみると理解できない奇異な行動をする、まだまだ謎の部分が多いとてもわかりにくい病気です。現在、最も標準的に使われているアメリカ精神医学会が作成した診断基準では、中心となる症状から妄想型、解体型、緊張型の3基本形とその他に分けています。最も頻度が高くて有名なのは妄想型です。妄想型の多くはささいな出来事が気になり出します。近所の人の笑い声、街の人の視線が恐ろしい運命を暗示する予兆のように感じられます。人間は様々な情報に囲まれていますが、同時に驚くほどの量の情報を無視することができて、正常な生活を送っていますが、統合失調症の人は、自分を取り巻く出来事にいちいち恐ろしい運命の予兆を感じるわけですからその心身の疲労は想像に絶するものがあるわけです。ノルウェーの画家、ムンクは精神病的な激しい不安の人生を送り、その心象風景を描きました。
「叫び」 1893年
統合失調症のメカニズムはまだはっきりとはわかっていませんが、脳内の中脳辺縁系からドーパミンの放出が過剰になると、妄想や幻覚症状が出現することがわかってきました。そこでドーパミンの働きを阻害するハロペリドールやリスペリドンなどを飲むと、妄想や幻覚がよくなりますが、この病気の特長である病識の乏しさから服用を中断し、症状を悪化させる人がたくさんおります。
場面緘黙症
場面緘黙(かんもく)とは、家などではごく普通に話すことができるのに、例えば幼稚園や保育園、学校のような「特定の状況」では、1か月以上声を出して話すことができないことが続く状態をいいます。典型的には、「家ではおしゃべりで、家族とのコミュニケーションは全く問題ないのに、家族以外や学校で全く話せないことが続く」状態です。この症状のために、本来持っている様々な能力を、人前で十分に発揮することができにくくなります。子どもが自分の意思で「わざと話さない」と誤解されることがありますが、そういう状態とは全く異なります。また、人見知りや恥ずかしがりとの違いは、「そこで話せない症状が何か月、何年と長く続くこと」「リラックスできる場面でも話せないことが続くこと」です。人によって症状(話せない場面・程度)にかなり差異がありますが、話せない場面のパターンはその人ごとに一定しています。
原因は、不安になりやすい気質などの生物学的要因がベースとしてあり、そこに心理学的要因、社会・文化的要因など複合的な要因が影響しているのではないかと考えられています。(子どもによって発症要因や症状に影響する要因が異なることがわかってきました)入園や入学、転居や転校時などの環境の変化により、不安が高まって発症することが多いようです。クラスでの先生からの叱責やいじめがきっかけとなることもあります。
学校の先生は「親の過保護のせい」と考えがちです。周囲から親が「過保護」「心配し過ぎ」と言われて傷つき、親も孤立しがちです。子どもの一番の理解者になれるのは親と先生です。親と先生が協力しあうことで、子どもへの必要な支援が始められます。「必要な支援」を行ったうえで「子どもの成長の伸びしろへの手出し(過保護)」も控えることが大切だと思います。症状改善や二次的問題予防には、親や先生、友だちなど、周りの人たちの「場面緘黙への理解」が大きく影響します。
話さないことを責めないでください。特に、不安が高すぎる場面で発話を強要しないでください。答えが返ってこなくても、あたたかく話しかけてあげてください。さりげなく仲間に入れてあげて下さい。返事は返せなくても、とてもうれしいと感じているはずです。言葉を用いなくてもできる、いろんな遊びをいっしょにしましょう。筆談が出来る場合は、書くコミュニケーションを促してあげて下さい。最初は「イエス・ノー・わからない」や単語で答えられるような事柄がよいかもしれません。