梅毒

梅毒の報告数はねんねん増えています。2010年は621 例の報告が全国からあったのですが、 2011年 に は828例、2013年 に は1,228例 と1,000例を超え、2014年は1,671例と、 たいへん急速な勢いで感染が拡大して います。

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特に、これまでは報告数の大多数を占めていたのは男性と性交渉をする男性、すなわちゲイ男性が多かったわけですが、諸外国に比べると女性の報告数が増えているのが日本の特徴で、2014年に先天梅毒が10例報告されたことも問題になっています。梅毒は、泌尿器科か産婦人科にかかると思いがちですが、I期はスルーされる場合も多く(陰部の症状は自然に治るし、痛みもないので気がつかないことも)II期になると発疹や発熱などの症状になるので内科を受診することも多いわけです。例えば、HIVや性感染症の診療現場においては、発疹を見た場合には常に梅毒を疑う必要がありま す。さらに症状がない場合でも、性的活動性が高いと思われた場合には定期的に梅毒の検査をすることが重要かと思います。

梅毒は「梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum subspecies pallidum)」という病原体が感染して起こる病気です。

感染した人の症状が出ているところ(病変部)や、精液、血液、腟分泌液などに存在します。性行為(セックス、オーラルセックス、アナルセックス)によって、これらが皮膚や粘膜の小さな傷から侵入することによって感染します。アナルセックスでの感染が特に多いと言われています。口に梅毒の病変部分がある場合は、キスでも感染します。唾液に病原菌が含まれている場合もあります。一回の性行為で感染する確率は20%以上とも言われています。

 

臨床経過

まず局所に感染が起きて、3週間ぐらい潜伏期間があります。その後、その感染が成 立した局所にまず症状が出てくることが一般的といわれています。

「第1期」は、感染から1か月程度の時期です。多くはコンドームを使わない膣性交、肛門性交での性器同士の接触で、性器、肛門の病原体の侵入部位の局所に小豆大から人指し指頭大の初期硬結(ニキビ?)が出るまで1ヶ月、しばらく経つと盛り上がって硬性下癇と呼ばれる潰瘍(下疳というのは潰瘍という意味でかなりひどくなっても痛みなし)リンバ節腫脹(かなり大きくても痛みなし)を認めます。あと意外と多いのがコンドームを使わないオーラルセックスで感染することで、口唇や口腔内に潰瘍が出来ます。(感染経路は接触であり、口唇にヘルペス様の発疹をが抗ヘルペス薬で治療するも数週間も改善せず、痛みもないような場合は疑う必要があります。)梅毒トレポネーマが入り込んだ場所を中心に、3ミリから3センチほどの腫れや潰瘍ができますが、治療をしなくても数週間で消えてしまいますが、梅毒が治ったわけではありません。2回目の潜伏期に入ります。また痛みやかゆみを感じることは、ほとんどなく本人も全く気がついていないことも稀ではありません。

「第2期」では、梅毒トレポネーマが血流もしくはリンパを介 して全身に散布され増殖します。手や足など全身にあまりかゆみのない発疹が出てきたり、赤い発疹が現れることがあり、発疹がバラの花の形に似ているとして「バラ疹」と呼ばれていますが、肌の色調によっては気 づかれない場合もあります。典型的 なのは手のひら、足の裏に丘疹性梅毒、 もしくは尋常性乾癬に似た梅毒性乾癬という症状が特徴的です。(皮疹はなんでもありなので案外早期発見は難しい)このほか、発熱やけん怠感、脱毛などさまざまな症状が出ることがあります。この段階でも、症状が自然に消えることがありますが、梅毒が治ったわけではありません。

「第3期」は、感染から3年程度たって以降、全身で炎症が起こり、骨や臓器にゴムのような腫瘍ができることがあります。さらに進行すると、脳や心臓、血管に症状が現れ、まひや動脈りゅうの症状が出ることがあります。治療薬が普及していない時代は、大きなできものができたり、鼻がかけたりすることがありましたが、抗生物質を服用する機会が多い(かってはかぜでも抗生剤を出すのが当たり前の時代)今の日本においては、1期梅毒、2期梅毒で診断されなかった場合でも、3期、4期梅毒へ進行することは非常にまれです。

しかし、妊婦が感染すると、死産や流産につながるリスクがあるほか、母子感染で子どもが「先天梅毒」になり、皮膚や骨の異常、難聴や視覚障害などさまざまな症状が出るおそれもあります。

梅毒に感染しているかどうかは、血液検査で分かります。感染の不安があるときは、病院を受診して検査を受けてください。病院へ行きにくい場合は、全国の保健所で、梅毒とHIV の検査は、無料かつ匿名でできることを広く周知し、感染の可能性のある方に早い検査ともし陽性がわかった場合は治療を受けていただきたいと思います。梅毒は治療法が確立していて、きちんと治療を受ければ治すことができます。

 

診断

梅毒は、梅毒トレポネーマ(TP)の感染により発症する性感染症です。昔行われていた暗視野法や墨汁法は、病変から菌を証明できるのは一番確実ですが、手技も煩雑で、患部からの病原体を検出することは極めて難しく検出率は悪いためほとんど行われません。

診断は、TP感染により生体に産生される抗体を検出することで梅毒感染の有無を判定する血清反応で行います。カルジオリピン(CL)抗原に対する抗体を検出する方法(STS:serologic test for syphilis)とトレポネーマ(TP:Treponema pallidum)抗原の菌体成分に対する抗体を検出する2つの方法があります。トレポネーマ(TP)の菌体成分とカルジオリピンには、共通部分が認められ、TP感染時にはカルジオリピンに対する抗体も産生されるとされています。STS法には、補体結合反応(緒方法,Wassermann反応)ガラス板法(沈降反応)とRPR(凝集反応)の3つの検査があります。古くはワッセルマンが報告した「ワッ氏法」がありますが、補体結合反応で手技が煩雑なため、現在では用いられていません(保険収載なし)ガラス板法は、ガラス板の上で抗原と血清を反応させて沈降を顕微鏡でみて判定します。RPR法は試験管内やカード等の上で抗原と血清を反応させて、凝集を機械や目視で判定します。現在では、類脂質抗原を感作させたラテックス凝集自動化法(RPR-LA法)が感度も高いため、RPR(RPRカードテスト、梅毒血清反応の迅速検査法)用いられていますが、感染して極めて初期の場合(感染4週間以内)ですと、血清反応が上昇していない場合があり、第1期の場合には症状でのみ診断することになります。

STS法は、TPにより破壊された組織に存在するカルジオリピン様物質に対する自己抗体を検出するもので、直接的にTPと関係しているわけではないため、必ずしも梅毒に特異的ではなく、他の炎症性疾患や自己免疫性疾患(全身性エリテマトーデス、特発性血小板減少性紫斑病、伝染性単核球症、肝炎、γグロブリン異常症、マラリア、妊娠など)梅毒以外の疾患でも陽性を示す生物学的偽陽性(BFP:Biological False Positive)が5~20%あります。BFPは20〜30歳の女性に多く、頻度は約1.6%とされ、BFPの抗体価は一般的に低値で,疾患の経過とともに陽性となったり,陰性となったりすることが多いのが特徴です。BFPと関連して近年注目されているのが抗リン脂質抗体症候群です。抗リン脂質抗体(抗カルジオリピン抗体、抗カルジオリピン-β-グリコプロテインI複合体抗体、ループスアンチコアグラント)は、動静脈血栓症や習慣流産などの原因となる自己抗体です。一方、TP法は、TPそのものに対する抗体を検出するため,TP感染に特異的です。従来、TP抗体は主に凝集反応による測定試薬が使用され、動物の赤血球を用いたHA法やゼラチン粒子を用いたPA法、ラテックスを用いたLA法などがあり、それぞれTPHA、TPPA、TPLAと呼ばれ、または総称してTPHA(梅毒トレポネーマ血球凝集試験)と呼ばれています。TPHA法やTPPA法、FTA-ABSは特異性が高く、偽陽性率は0.1~0.5%といわれています。(ハンセン病,伝染性単核球症,異好抗体など)

梅毒の初感染では、約1週間でトレポネーマ(TP)に対するIgM抗体が産生され、その後IgG抗体が産生されます。梅毒が疑われる時には、2種類の抗体法を併用します。STSでは主にIgM、TPHAでは主にIgGが反応しているため、梅毒感染後2~5週でSTSが陽性となり、次いでFTA-ABS、2週間ほど遅れてTPHAが陽性となります。STSの反応の強さは病態や治療の経過を反映して変動し、治癒後に陰性化しやすいのするため、RPR法定性でスクリーニングし、陽性の場合は定量検査を行います。療後の効果判定にはRPR法定量を定期的に追跡して8倍以下に低下することを確認します。STSには生物学的偽陽性反応(BFP)がかなりの頻度でみられるので、確定診断にはTP抗原を用いる検査を組み合わせて診断することが重要です。最新の測定試薬(CLIA法)はIgG抗体とIgM抗体を同時に検出し、高感度かつ高特異性です。TPLA法などは、TPHA法より感度が高いため,治療により完治しても陰性とならない症例もあります。活動性梅毒と判断した場合、可能な限り、HIV 抗原・抗体同時測定検査も行う

無症候性梅毒とはどういった状態なのでしょうか。いわゆる皮膚症状や粘膜症状がなくて、血清学的にトレポネーマが存在している、感染しているだろうといわれる状態です。

梅毒の経時的な臨床症状と検査の陽性率
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STS法とTPHA法の解釈
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STS法(RPR)は、活動性の指標、TPH A法は特異性に優れるが治療効果の判定には不適当です。STS法だけが陽性となる場合は,BFPが考えられます。STS法は,感染初期から陽性となり、しかも治療により陰性化するため,治療効果判定の指標としても使用されています。TP法とSTS法が陽性であれば梅毒感染と診断可能ですが、治療を特に行わなくても長時間経過した場合にもSTS法は陰性となります。TPHAやFTA-ABSは梅毒検査としては特異性は高いが、陽転後の抗体価の変動が少なく、治癒した後も陽性が持続するため、治療効果の判定に用いることは難しい。治癒後は、微量の抗体が一生残存し血清反応陽性が続く例の多いこと、生物学的偽陽性のあることを十分に理解し、患者へ対応することを心がけましょう。過去に感染があって治療等で消えてしまっている場合はRPRが陰性もしくは非常に低値で固定されている。TP抗体は低値 もしくは中等度で維持している状態です。TP抗体が陽性、RPRが陰性もしくは非常に低値というのが過去の感染 を示す数値の読み方になります。

 

治療

未治療の感染後2年までの早期梅毒は最も感染力が強く、血液や体液を介して感染する恐れがあるので注意が必要です。TP法とSTS法が陽性であれば梅毒感染と診断されますが、STS法(RPR)は、活動性の指標なのでRPRが高い(16倍以上)症例が治療の対象になります。4倍、8倍は治療後とします。

梅毒はペニシリン耐性は見つかっていない。全て感受性ありなので、ペニシリンが第一選択です。

(1)1期、2期の早期梅毒は

【第一選択】ベンジルペニシリンベンザチン240万単位筋注1回
ベンジルペニシリンベンザチン(2021年9月承認)早期梅毒に対して筋注にて単回投与なので、診断したその日に治療終了です。

【第二選択】アモキシシリン 1 回 500mg 1 日 3 回で 2週投与を基本とする(4週間でも可)
Jarisch-Herxheimer反応 スピロヘータにペニシリン投与後(初回治療後6〜12時間後)に現れる発熱、皮疹(体が赤くなる)筋肉痛、頻脈(血圧が下がる)など 菌体が壊れることで起こる現象ですが、24時間以内に軽快する。アレルギー反応ではないので治療を中断しない。(レストスピラ、回帰熱などでも起こる)とアモキシリン投与 8 日目頃からアレルギー反応で熱が出ること
について患者さんがビックリするのであらかじめよく説明して、アセトアミノフェンを抱き合わせで一緒に投与しておきます。いずれも女性に起こりやすいことに留意する。

アモキシシリン2〜3gを1日2回+プロベネシド250mg 1日2回併用で血中濃度を上げる 14日間(青木先生)

【第三選択】
ミノサイクリン 1 回 100mg 1 日 2 回で 2週投与を基本とする。(4週間でも可)

ペニシリンアレルギーの場合には、ドキシサイクリンという抗生物質を使います。CDC はドキシサイクリンを推奨しているが、わが国では梅毒への使用は保険適用外であることに留意。 なお、テトラサイクリン系は胎児に一過性の骨発育不全、歯牙の着色・エナメル質形成不全を起こすことがあるので、妊婦には使用しないのが一般的であ る。

(2)3期、後期潜伏期梅毒(感染後1年以上)は、4週間

【第一選択】ベンジルペニシリンベンザチン240万単位筋注3
ベンジルペニシリンベンザチン(2021年9月承認)後期梅毒に対して筋注にて1週間ごとに3回投与です。

【第二選択】アモキシシリン 1 回 500mg 1 日 3 回で 4週投与を基本とする。

(3)神経梅毒(性格変化、認知症(可逆性)など 神経への移行性を考えて、入院して点滴治療が原則)

【第一選択】ペニシリンG 1800万単位〜2400万単位/日持続静注またはペニシリンG 300万単位〜400万単位静注4〜6時間毎 14日間

治療効果判定は、RPR と梅毒トレポネーマ抗体の同時測定をおおむね 4 週ごとに行う。その際、 自動化法による測定が望ましい。また一貫して同じ検査キットを用いることが望ましい。TP抗体はあまりにも鋭敏すぎるので、一生陽性のままになることも多く、経過の判定にはあまり向いていません。本当に薬をちゃんと飲んでいるかどうかも含めて4週後にRPRを行うとだいたいわかるのですが、RPRも治療してもすぐには下がらいので注意が必要です。4週間後でも64倍から全く下がっていない症例もたくさんあります。可能な限り 1 年間はフォロ ーを勧める。半年から1年後に1/4以下に下がれば治療は成功しています。その際、梅毒トレポネーマ抗体の値が減少傾向であれば治癒をさらに支持する。しかし、その後フォローアップして、またRPRが上がってきたら、また再感染したということですね。

 

先天性梅毒を防ぐために

先天梅毒は、死産や胎児死につながるほか、他臓器の障害が起こり、場合によっては深刻な発達障害を伴うため、児にとってはたいへん不幸な感染症です。これは母親が持っていてということなので、母親のスクリーニング検査や治療が重要になります。妊娠初期(妊娠 4 か月まで)に行う妊婦健診の初期スクリーニング検査で、 全例梅毒抗体検査(RPR と梅毒トレポネーマ抗体の同時検査)を実施する。発見される活動性梅毒のうち 9 割は潜伏梅毒である。梅毒抗体検査の結果は、次の検診時(妊娠 5 か月ごろ)に妊婦に説明される ことが多い。活動性梅毒と診断したら早急に治療を開始することが先天性梅 毒の防止につながる。治療法は、非妊娠時と同じである(ただし、テトラサイクリン系は使用でき ない)治療経験のある医師にコンサルトすることも考慮する。活動性梅毒と診断したら、胎児超音波検査にて、先天異常(胎児発育遅滞、 肝脾腫、骨異常など)をチェックする。胎児への感染の成立や先天性梅毒の診断には、出生児の児血の FTA-ABS-IgM 抗体が有用であるが、偽陰性・偽陽性の可能性があるので梅毒抗体 検査等の結果も踏まえて総合判断する。妊娠初期の梅毒抗体検査が陰性でも妊娠中期・後期に梅毒感染が判明するケ ースもある(最初のスクリーニングのあとに性交渉による感染、全妊娠期梅毒の 5%程度)ので、妊娠中の症状出現もしくは性的接触による感染が疑われる場合は、妊娠後期の追加スクリーニングについて検討が必要である。

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特養の入所健診にてRPR(+)TPHA(+)

RPR(ー)TPHA(+)なら過去の感染あり、治癒後ということで心配ありませんとなりますが、RPR(+)なりますが、この年齢の方がつい最近梅毒にかかったということは非常に考えにくいので、梅毒にかかったことありますか?治療しましたか?という質問にはっきりお答えが頂けない場合は、性的活動性はない?んですが、RPR定量でX8倍ぐらい微妙に高値の場合は、針事故でも感染するわけではありませんが、除菌しておきましょうかという提案をすることもあります。神経梅毒といいますと、だいたい最初に梅毒に罹患してから10~25年 ぐらいたってから出るといわれているのですけれども、この方の場合、この時点で神経梅毒が出るということはちょっと考えにくいと思います。

 

届出

2019年から届出基準に職業歴、風俗関係で働いたことがあるか、そういったところを利用したことがあるかということを尋ねる項目がつけられていますpage2image3934780512

梅毒の発生届様式(外部サイトへリンク)