大動脈瘤

大動脈は、心臓から送り出された血液が最初に通る、人体の中で最も太い血管です。大動脈は、心臓から出てまず頭側に向かいます。クエスチョンマーク「?」のように弓状に曲がりながら脳や、左右の腕に栄養を運ぶ3本の枝を出し、幹の部分は背中側に回り下半身へ向かいます。その途中でもさまざまな重要な臓器へ枝分かれして全身に運ばれていきます。

 

〈図1〉

大動脈は、体の中で最も太い血管で、弾力があり、数ミリの厚い壁でできています。この大動脈には100mmHg以上の高い圧(血圧)がかかっているので、動脈硬化などで弱くなった部分が「こぶ」のように病的にふくらんだ状態を「大動脈瘤」と呼びます。

成人 の大動脈の正常径としては,一般に胸部で 30 mm,腹部 で20 mmとされており,壁の一部が局所的に拡張した(こ ぶ状に突出,嚢状に拡大した)場合,または直径が正常径 の1.5倍(胸部で45mm,腹部で30mm)を超えて拡大し た(紡錘状に拡大した)場合に「瘤(aneurysm)」と称して いるが,それに満たない拡大を「瘤状拡張(aneurysmal dilatation)」と称することがある。

発生部位からは、大動脈基部拡張症、上行大動脈瘤、弓部大動脈瘤、下行大動脈瘤などの「胸部大動脈瘤」および「胸腹部大動脈瘤」「腹部大動脈瘤」に分類されています。

大動脈瘤

動脈硬化、高血圧、喫煙、ストレス、高脂血症、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、遺伝などのさまざまな要因が関係すると考えられています。その他にも外傷や感染・炎症などによる特殊な大動脈瘤があります。また、大動脈瘤は、その形から、全体的にふくらんだ紡錘状瘤、部分的にふくらんだ嚢状瘤に分けられます。二つの形が混ざり合ったものもあります。一般的には同じ大きさであれば嚢状瘤の方が破裂の危険性は高いと考えられています。

症状

大動脈瘤は自覚症状がないまま大きくなる場合がほとんどです。胸部大動脈瘤が大きくなると周囲の組織が圧迫されて症状が現れる場合が稀にあります。声帯の動きをつかさどっている神経(反回神経)が圧迫されて起こるしわがれ声(嗄声)や食べたものが気管に入ってしまうこと(誤嚥)などです。腹部大動脈瘤は、大きくふくらむと、やせている方で「こぶ」が目立つようになったり、腹部を触ったときに「こぶ」の中を流れる血流の拍動を感じることもあります。自分では気づいていなかった腹部大動脈瘤が、他の病気で腹部の超音波検査やCT検査を受けた時に、偶然、発見されることがほとんどです。症状がなく、気づかれないままに大動脈瘤が大きくなって破裂すると、胸やお腹の中に大量に出血し、激しい胸や背中の痛み、腹痛が起こり、ショック状態になります。急速に危険な状態に陥るため、緊急手術でしか救命できない場合がほとんどです。破裂して緊急手術となるような事態を避け、適切なタイミングで手術を受ければ、成功率のきわめて高い治療が受けられます。

動脈にできる“こぶ”は風船と同じで、小さい時は大きくなりにくいのですが、いったん大きくなり始めると加速度的に膨らみ、最終的には壁が薄くなって破裂に至ります。胸部では5-6cm、腹部では4-5cm程度から破裂の可能性が高くなるため、年齢・全身状態などを含め、治療の相談と経過観察が必要となります。また、動脈瘤の形態が紡錘状のものより、嚢状の方が破裂しやすく、嚢状の形態はサイズが小さくても治療する必要があります。

腹部大動脈瘤の年間破裂率

大動脈の直径 破裂率
40mm未満 0.3%
40mm~49mm 1.5%
50mm~59mm 6.5%
60mm以上 急激に危険性が増大する

胸部大動脈瘤の年間破裂率

大動脈の直径 破裂率
40mm未満 0%
40mm~49mm 0%~1.4%
50mm~59mm 4.3%~16%
60mm以上 10%~19%

治療

血圧のコントロールを行い、“こぶ”の拡大、破裂を防止します。禁煙も重要です。さらに、ストレスや便秘を避け、塩分の少ない食事や運動を心がけましょう。

大動脈瘤がある部位に痛みや違和感がある場合は、速やかに専門医を受診する必要があります。激痛の場合は破裂の可能性があるので、直ちに救急車を呼んでください。

外科治療

これまでは、最大径50mm以上を手術適応としてきましたが、最近は45mmで手術になる場合が多くあります。手術の危険性はほとんど無いため、超高齢者や合併症をもたれている患者さんでも、ほとんどの場合手術が可能です。

“こぶ”の部分をポリエステル繊維などでできた人工血管で置き換えます。胸部大動脈瘤の場合は、人工心肺によって血液を体外循環させながら、この部分をポリエステル繊維(ダクロン)ないしは樹脂(ゴアテックス)でできた人工血管で大動脈瘤を置き換えます。腹部大動脈瘤の場合、体外循環は必要としません。大動脈瘤壁は切除せず、後で人工血管を覆うために使用します。

人工血管置換術

図5:部位別人工血管置換術

ステントグラフト治療

最近、脚光を浴びてきた治療法です。足の付け根の動脈から入れたカテーテル(管)を通じ、外側に金属のリング(ステント)がついた折りたたみ式の人工血管(ステントグラフト)を大動脈瘤のところに挿入し、“こぶ”を治癒させる方法で、その適応が広がってきています。この方法は、局所麻酔でも可能なほど侵襲(体への負担)が少ない利点があります。しかし、その反面、人工血管がずれたり、人工血管と大動脈壁のすき間から血液が漏れたりすることがあり、確実性の点で問題があります。

図6:ステントグラフト治療

大動脈瘤が破裂すると、出血性ショックのため生命の危機に直面します。大動脈瘤破裂後の最終救命率は10~20%程度と言われています。“こぶ”の破裂時期を予想することはまだ困難ですが、専門的には大きさ、拡張の速度、形状などから判断します。“こぶ”の最大短径が、胸部大動脈瘤で55~60mm、腹部大動脈瘤で45~50mmを超えれば手術適応と考えられています。また、紡錘状瘤よりも嚢状瘤のほうが破裂の危険性が高く、早期に手術適応とします。

腹部エコー

腹部大動脈を以前から指摘されていた患者が,急激な心窩部痛で発症した症例。長軸像では、最大径 45mm,長さ 80mmの動脈瘤があり,頭側方向の大動脈前方に低エコー域を認めた。短軸像では、低エコー域は、大動脈前方から右側に広がっている。腹部大動脈瘤破裂による後腹膜内への出血(閉鎖性破裂)と診断し、当日緊急手術となった。(超音波検査法セミナーより)

 

大動脈解離

大動脈の壁は内膜、中膜、外膜の三層構造となっていますが、大動脈解離は傷ついた内膜が裂け、そこから入り込んだ血液が中膜を引き裂いた状態を指します。この大動脈解離は、ある日突然、何の前触れもなく、通常、胸・背部の激痛を伴って発症します。内膜面にできた欠損部(内膜裂孔、あるいはエントリー=入り口=と呼びます)から解離した部分に血液が流れ込み、もともとの腔(真腔)と解離した腔(偽腔)の二腔構造となります。いったん発症すれば、偽腔側の薄い壁が破れると同時に、大動脈から分かれる重要な動脈が圧迫されて閉塞し、重要臓器に血液が流れない状態(灌流不全あるいは虚血)が発生します。適切な治療が行われなければ、「1時間に1%ずつ死亡する」とも言われており、48時間以内に約半数の患者さんが亡くなる極めて重篤で危険性の高い病気です。

大動脈は内膜、中膜、外膜の3層に分かれています。中膜がなんらかの原因で裂けて、もともとは大動脈の壁であった部分に血液が流れ込むことで大動脈内に二つの通り道ができる状態が大動脈解離です。

〈図3〉

大動脈解離の発症が多い年齢は男女とも70代とされていますが、40代や50代で発症することも稀ではありません。また、大動脈解離の発症は冬場に多く、夏場に少ない傾向があります。また、時間的には活動時間帯である日中が多く、特に6~12時に多いと報告されています。逆に深夜から早朝は少ないようです。

大動脈解離は、ほとんどの場合、何の前触れもなく、突然、胸や背中の激痛とともに起こります。また、起こったばかりの時は、血管が裂けているために血管の壁が薄くなり、きわめて破裂しやすい状態にあります。特に上行大動脈に解離が及ぶA型では、1時間に1%ずつ死亡率が上昇すると言われています。つまり、48時間以内におよそ半分の患者さんが亡くなることになります。

〈図4〉

大動脈解離は血管の壁が薄くなって破裂するほか、大動脈自体や大動脈から枝分かれする重要な枝の血流が障害されて痛み以外に多彩な症状を呈することがあります。例えば脳に血液を送る血管が解離で血流障害を起こした場合には、「脳卒中」による意識障害を疑われて脳神経科へ搬送されてから大動脈解離であることが分かることはよくあります。血流障害による手や足の痛みで発症したり、急性心筋梗塞を疑われてカテーテル治療を開始してから分かることもあります。突然、胸や背中に激痛が生じれば、大動脈解離も疑われます。突然の胸や背中の激痛を起こす病気で、様子を見ても大丈夫と言える病気はありませんので、とにかく一刻も早く救急車を呼んで医療機関を受診し、治療を受ける必要があります。

〈図5〉

大動脈瘤の治療は、大きくなって破裂することで生命に危険が及ぶことを予防するために行います。破裂する危険性が低い大きさであれば、後述の通り日常生活に気を配り、定期的に専門医を受診することが重要です。
大動脈瘤の破裂する危険性が高くなると(胸部50~55mm以上、腹部40~45mm以上)、大動脈瘤を人工血管に置き換える手術やカテーテル治療のひとつであるステントグラフト内挿術を行います。高齢者や他の疾患を合併している患者さまで手術の危険性が高い時は、胸部大動脈瘤では60mm、腹部大動脈瘤では50mm以上で手術をすすめます。

大動脈解離の治療は、解離している部位や病状によって大きく異なります。上行大動脈に解離があれば(A型)緊急手術を開胸して行うことがほとんどです。一方、上行大動脈に解離が無ければ(B型)血圧を下げたり、痛みを和らげたりして治療することが原則ですが、破裂や血流障害があれば緊急手術を行うこともあります。

大動脈瘤と診断された場合、破裂する危険性が高くなるまで大きくならないように「こぶ」とうまくつきあっていくことが肝心です。毎日、血圧を測定し、かかりつけ医によく相談すること、禁煙すること、便秘に注意すること、入浴の際には熱すぎる湯にはつからないようにすることなど、日常生活に注意が必要です。

大動脈の手術後には脳梗塞、心筋梗塞、不整脈、脊髄麻痺、腎不全といった様々な合併症を起こす可能性があります。合併症が起こったときには、その治療が優先されます。一方、多くの患者さんは、合併症なく手術を乗り切れるので、できるだけ早くに元の生活に戻るようにリハビリテーションを行うことが重要です。手術の創の治りや痛みには個人差があります。創部が化膿すると赤く腫れる、熱がある、痛む、汁が出てくるといった症状があります。痛みは時間とともに和らぎ、半年~1年ほどでほぼなくなります。気候の変わり目や気温の変化によって痛むことがありますが、ほとんどの場合心配ありません。胸骨を切断して手術をした場合は、胸骨ワイヤーで肯定しています。半年ほどで胸骨はくっつきますが、それまでに強い負担をかけると、骨がずれたり、ワイヤーが切れたりすることがあります。術後半年くらいは前胸部を強くねじるような運動(ゴルフなど)は避けて下さい。また、3カ月程度は自動車の運転も避けた方が良いでしょう。人工血管を体内に入れる手術がほとんどですが、人工血管感染はごくまれにしか起こらないものの注意が必要です。人工血管感染の原因の主なものとして歯槽膿漏、抜歯、生肉などの汚染された食物摂取による腸炎などが挙げられます。歯科治療を受ける時には歯科医師に大動脈の手術を受けていることを伝えてください。

 

大動脈解離

大動脈解離は次のように分類されています。偽腔内の血流の有無により、偽腔が血栓で閉塞し血液が流れていない型(偽腔閉塞型)と、血液が流れている型(偽腔開存型)に分類されています。また、解離がある部位によってStanford(スタンフォード)分類A型(上行大動脈に解離があるもの)、B型(下行大動脈のみに解離があるもの)に分けられます<図4、7参照>。時期的には超急性(発症後24時間以内)、急性(2週間以内)、亜急性(2週~2か月)、慢性(2か月以降)に分類されています。

大動脈解離の分類(スタンフォード分類)

図4:大動脈解離の分類(スタンフォード分類)

診断・治療

急性大動脈解離は、適切な処置をしなければ48時間内に約半分の患者さんが亡くなる極めて危険性の高い疾患です。死亡の原因は、心タンポナーデ(心嚢内の出血)、大動脈破裂、臓器虚血(偽腔に溜まった血液で冠動脈、脳動脈などの出口を塞いで起こる)などです。とにかく迅速な診断、治療が必要です。

(1)早期発見のために:突然、発症するため発症直前の予想は不可能です。しかし“急性解離予備軍”といえる患者群が存在します。

その予備軍には、マルファン症候群を代表とする遺伝性結合織疾患、上行大動脈拡大(特に大動脈二尖弁に合併した)、炎症性血管炎(巨細胞動脈炎、ベーチェット症候群)、自己免疫疾患のほか、この疾患の家族歴がある場合や妊婦などが含まれます。こうした場合は、症状、所見と合わせ、迅速な診断へと直結させる必要があります。

(2)症状は:ほとんどの症例で、突然の引き裂くような胸・背部痛が生じます。しかし痛みがなく、意識障害、下肢麻痺、微熱、全身倦怠感のみのこともあり、注意が必要です。

(3)身体所見:心タンポナーデや破裂により、ショックを伴うことが多くみられます。脳動脈や下肢へ行く動脈が閉塞されると、意識障害や下肢虚血が起きます。特徴的な所見として、血圧の左右差がありますが、全例に認められるわけではありません。

(4)診断・検査<図7>心電図(冠動脈の流れが悪くなると心電図変化を認めるが、合併率は10%以下と少ない)や胸部X線(縦隔の拡大、心拡大、胸水をみることがある)は診断の手がかりに過ぎません。

大動脈解離を疑えば心臓超音波検査を直ちに行うことで、解離、心タンポナーデ、大動脈弁閉鎖不全、冠動脈血流障害などがチェックできます。頸動脈の解離や腹部分枝の血流も併せてチェックします。診断の確定は、造影CT検査で行います。ショックのためCT検査を行う余裕のない場合は、超音波検査だけで外科治療に移ることもあります。

(5)区別すべき疾患:胸・背部痛を伴う狭心症・急性心筋梗塞、急性肺塞栓症(血栓で肺動脈が詰まる)、大動脈瘤破裂、胆石発作、尿路結石などとの鑑別、つまり類似症状のある病気と見分けることが必要です。特に狭心症・急性心筋梗塞との鑑別は重要で、解離が原因で冠動脈の血流障害をきたし、急性心筋梗塞を合併していることもあります。

(6)治療:<図7>の「急性大動脈解離の診断および治療方針」を見ていただきながら話を進めます。

スタンフォード分類A型大動脈解離<図4左>と診断された場合:上行大動脈から大動脈解離が始まっており、心タンポナーデを呈することが多く、ほとんどが緊急手術の対象となります。

手術の目的は、解離の起点となった「エントリー」(入り口)の切除にあります。エントリーは上行大動脈~弓部の近い側にあることが多く、通常、体外循環(人工心肺)を用いて、脳や心臓を保護しながら上行大動脈人工血管置換を行います。エントリーが弓部大動脈や下行大動脈にあれば、弓部大動脈全置換を行うこともあります。

近年、急性A型大動脈解離に対する緊急手術の成績が向上しているものの、全国平均の死亡率はまだ14.5%で、危険度の高い手術に変わりはありません。

スタンフォード分類B型大動脈解離<図4右>と診断された場合:B型大動脈解離は、破裂や臓器虚血などの続発症がなく、ほとんどが内科治療の対象となります。降圧剤を中心とした内科治療の30日間死亡率は10%と低く、成績は良好といえます。

ただし、破裂や臓器虚血などの続発症があり、持続する痛みがある場合(切迫破裂)は、緊急手術の適応となります。左開胸下に体外循環を用いて下行大動脈人工血管置換を行います。また、臓器虚血に対しては、カテーテルか手術による腹部大動脈開窓術や虚血臓器への各種バイパス術を選択して行います。

慢性大動脈解離の場合

手術適応は、真性大動脈瘤とおおむね同じです。一部の施設では、慢性B型大動脈解離に対するステントグラフト治療の良好な成績が報告されています。

図7 急性大動脈解離の診断および治療方針

図7:急性大動脈解離の診断および治療方針

予防法はあるか?

早期発見のために

大動脈瘤は破裂するまで無症状で、違和感や圧迫症状を手がかりに検査を進めるしか方法がありません。動脈硬化性真性瘤は60歳以上の男性に発生することがほとんどで、胸部レントゲン検査と腹部超音波検査は少なくとも数年ごとに受ける必要があります。

治療成績は?

胸部大動脈瘤手術では、数%の脳・脊髄障害と重要臓器(心、肺、腎)の機能不全などの合併症を伴います。緊急手術成績は全国平均で死亡率32%と依然として不良で、合併症の発生率も高くなります。一方、待機手術の成績は死亡率7.4%まで向上しており、大きな施設では数%以下とかなり安全な手術となっています。

また、腹部大動脈瘤の破裂に対する緊急手術も高い死亡率となっていますが、待機手術の死亡率は1%以下と良好です。

かぎは動脈硬化の予防

大動脈瘤と大動脈解離の診断と治療について説明しました。

大動脈瘤は破裂するまで無症状で、外から見ただけでは容易にはわかりません。いったん破裂すると、生命の危機にさらされることとなり、破裂前の早期発見、定期的な経過観察、および積極的な外科治療、ないしはステントグラフト治療が必要です。急性大動脈解離も突然に発症するため、予想はできません。

しかし、予防の手段がないわけではありません。どちらも動脈硬化を原因とすることが多く、その危険因子である高血圧、高脂血症、喫煙、糖尿病、多量飲酒などに目を向ける必要があります。循環器病に共通する、こうした危険因子の予防と適切な治療、禁煙、節酒が、ひいては大動脈瘤や大動脈解離の予防に極めて大切であることをぜひ知っていただきたいものです。

イラスト:かぎは動脈硬化の予防