急性副腎不全症(副腎クリーゼ)は,急激な糖質コルチコイドの絶対的または相対的な欠乏により,循環障害を来たす致死的病態であり,内分泌性クリーゼの代表的疾患です。症状が非特異的であるため,診断に難渋する場合も少なくありません。副腎不全をどう言ったときに疑うか、下垂体や副腎疾患の既往があったり、ステロイド服薬歴のある方が、全身状態が悪く、倦怠感が顕著で、血圧が低く、消化器症状を伴ってくれば、副腎不全を考えます。多くは慢性副腎不全症患者において感染症 などの身体的ストレス時に発症します。

慢性副腎不全症はコルチゾールの慢性的な低下によってもたらされる病態で,全身倦怠感,食欲低下,消化器症状(嘔吐,腹 痛,便秘など)体重減少,低血圧,発熱,関節痛など,自他覚症状や所見の特異性に比較的乏しい。種々の不定愁訴の原因精査の結果,該当疾患が見当たらな い場合には,甲状腺機能異常症と並んで,一度はその可能性を疑うべき内分泌疾患の代表とい える。全身の色素沈着が明らかな症例では,原発性副腎不全症の可能性を考慮する。色素沈着の診断特異性は高い。また,慢性副腎不全症患者ではやせが多いことも参考にする。一方,一 般検査所見では低血糖,低Na(ナトリウム)血 症,高K(カリウム)血症,低コレステロール 血症,正球性正色素性貧血,末梢血の相対的リ ンパ球増多,好酸球増多などを認める場合に は,慢性副腎不全症の可能性を疑う。 副腎不全症患者はステロイドの補充下であっ たり,基礎疾患(膠原病,自己免疫疾患)の治 療のため,ステロイドを服用していたりする場合が多い。                                                                                               該当患者では,ステロ イド離脱症候群あるいはシックデイにおける相 対的なステロイド服用不足の可能性を想起す る.また,薬理量のステロイド(多くはprednis- o l o n e )の 長 期 服 用 者 で は ,C u s h i n g 兆 候 を 認 め る にもかかわらず,内因性の下垂体―副腎機能に抑 制により,血中ACTH(adrenocorticotropic hor- mone),コルチゾールの低値や末梢血での好中球 増加,好酸球減少などの所見を認める場合があ り,参考となる.生化学検査では,低ナトリウ ム血症を85~90%に認める.低ナトリウム血症 の機序としては,コルチゾールやアルドステロ ンの低下に加えて,コルチゾールによるADH(antidiuretic hormone)の分泌抑制作用が低コル チゾール血症で解除され,SIADH(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone, 不適切ADH分泌症候群)の病態を呈することも 関与する.また,原発性副腎不全症では,アル ドステロン欠乏により高カリウム血症(60~ 65%)を認めるが,続発性では認めない.低血 糖は成人の場合,感染,発熱,アルコール摂取, 飢餓に伴ってしばしば顕在化するが,小児では より出現頻度が高い.他,代謝性アシドーシス や高カルシウム血症を呈する場合がある. 内分泌学的には,本症を疑った時点で,治療開始前のコルチゾールとACTHを測定すること が重要である.コルチゾールとACTHの血中基礎 値の測定により,定型例であれば,部位診断ま で含めて,ある程度診断可能である.原発性で は,血中コルチゾール基礎値の低値と血中ACTH 高値を認め,多くの場合,副腎球状層由来の血 中アルドステロン値,および網状層由来の血中 DHEA-S(dehydroepiandrosterone sulfate)値の 低下も認める.一方,続発性では,コルチゾー ルの基礎値は低値で,ACTHは正常―低値を呈す る.ACTH基礎値が必ずしも低値でない場合に は,CRH(corticotropin-releasing hormone) 負 荷試験やインスリン低血糖試験によるACTH分 泌予備能の低下の確認が望ましい.迅速 250 μg ACTH試験にてコルチゾール分泌予備能の低下 を確認できれば,原発性副腎不全症の診断はほ ぼ確定できる.ただし,続発性で病歴が長い症 例では,迅速ACTH負荷試験に対する反応性が必 ずしも良好でなく,軽症のAddison病との鑑別が 必ずしも容易でない場合がある.そのような場 合には,ACTH-Z連続負荷試験による副腎皮質予 備能の確認やCRH負荷試験によるACTHの反応 性の確認を要する場合がある.一方,早朝血中 コルチゾール基礎値の値からみたスクリーニン グ基準としては,複数の臨床研究の結果から, 18 μg/dl以上であれば,原発性および続発性副 腎皮質機能低下症はほぼ否定的であり,4μg/dl 未満であればその可能性は極めて高い.4μg/dl 以上,18 μg/dl未満はグレーゾーンとして,各 種負荷試験により鑑別診断を行っていく1). 迅速ACTH負荷試験(合成 1-24 ACTH 250 μg を静注)の複数の臨床研究の結果を勘案する と,30 分ないし 60 分の値が 18 μg/dl以上であ れば,副腎不全症は否定的,18 μg/dl未満の場 合は,原発性,続発性を含めて副腎不全症が疑 われる.また,迅速ACTH負荷試験において,血 中コルチゾール頂値が 15 μg/dl未満の場合は, 不全型を含め,原発性副腎不全症の可能性が高 い.日本人健常者(n=120)における検討で

は,迅速ACTH負荷試験後,血中コルチゾール頂 値の平均は22.7±7.7 μg/dl(mean±SD)まで上 昇しており1),-SD(standard deviation)値を 考慮すると,上記カットオフ値にある程度の妥 当性を与える.ACTH負荷試験は,副腎不全症の 診断に有用な検査であるが,これによって原発 性,続発性の鑑別診断が完全に可能であるわけ ではない.血中コルチゾールやACTHの基礎値, 他の負荷試験の結果や画像診断を参考に,総合 的に責任病変の部位診断を行う.診断アルゴリ ズムを図に示すが,全てを施行する必要はな く,症例に応じて必要な検査を選択して行う.

2.慢性副腎不全症における補充療法

GCの過剰投与の弊害として,相対的な死亡率 の上昇,易感染性,健康観の障害,種々の代謝

1.慢性副腎不全症の診断と治療の要点

慢性副腎不全症はコルチゾールの慢性的な低

下によってもたらされる病態で,原因は原発性 (副腎原発)と続発性(視床下部―下垂体性)に 分類されるが,詳細な成因は指針1)などの他成 書を参考にしていただきたい.副腎不全症は, 全身倦怠感,食欲低下,消化器症状(嘔吐,腹 痛,便秘など),体重減少,低血圧,発熱,関節 痛など,自他覚症状や所見の特異性に比較的乏 しい.そのため,初診患者では,疑わなければ 診断に至らない場合も少なくない.種々の不定 愁訴の原因精査の結果,該当疾患が見当たらな い場合には,甲状腺機能異常症と並んで,一度

異常症,骨密度の低下などが報告されており, 現在の補充療法の考え方は,副腎クリーゼのリ スクには配慮しつつも,できるだけ必要最少量 を継続補充していくという考え方が一般的であ り,生理的コルチゾールの分泌量と日内変動に 近い至適補充療法が望まれている1).コルチ ゾールの1日あたりの産生量は5~10 mg/m2/日 程度とする報告があり,ヒドロコルチゾン

(hydrocortisone:HC)( コ ー ト リ ル R )10~ 20 mg/日のHCの生理的補充量の設定目安と なっている.本邦では食塩摂取量が多いことも あり,コートリルR10~20 mg/日のみの補充で 通常十分であり,2~3 回に分割服用する.朝と 夕の 2 回に分割する場合は,およそ朝 2:夕 1 に する1).一般的には,続発性副腎不全症の方が 原発性副腎不全症よりも相対的に軽症であるこ とが多く,コートリルR投与量は少なくてすむ

場合が多い.処方例を以下に示す.

1)2 分割投与の場合

コートリルR
10 mg/日の場合 朝 7.5 mg 夕 2.5 mg 15 mg/日の場合 朝 10 mg 夕 5 mg 20 mg/日の場合 朝 15 mg 夕 5 mg

2)3 分割投与の場合

0.12 mg×体重(kg)で朝の投与量を決め, 朝:昼:夕を 3:2:1 の比率で 3 分割投与する と,血中コルチゾール値がより生理的変動に近 似する2).感染などいわゆるシックデイ時には, 副腎クリーゼの予防のため,通常の2~3倍の補 充を行う.

3.急性副腎不全症(副腎クリーゼ)の病態

急性副腎不全症(副腎クリーゼ)とは,急激 にGCの絶対的または相対的な欠乏が生じ,放置 すると致命的な状況に陥る病態を指す.原因 は,1)既知・未知の慢性副腎不全症患者に種々 のストレス(感染,外傷など)が加わり,ステ ロイド需要が増加した場合と,2)治療目的で 長期服用中のステロイド薬の減量・中止が不適 切に行われた場合の発症が多い.また,感染, 特に胃腸炎が発症の誘因と考えられる症例が多 い1).その他,稀ではあるが,原発性では副腎 出血(髄膜炎菌感染,ワーファリン治療,外傷 など)や抗リン脂質抗体症候群による副腎梗塞 など,また続発性では,Sheehan症候群,下垂 体出血,頭部外傷などが成因として挙げられ る.急性副腎不全症の病態は循環不全であり, GC欠乏だけでなく,ミネラルコルチコイド

(mineralocorticoid:MC)欠乏によるナトリウム の喪失と体液量の減少,カテコラミンの合成と 作用の低下,クリーゼ発症誘発の契機となった 疾患による循環動態障害などがそれぞれ病態に 関与する.慢性副腎不全症患者における副腎ク

リーゼの発症頻度に関しては,GC補償中の既知 副腎不全症患者の 44%が少なくとも 1 回は副腎 クリーゼを経験し,その頻度は 6.3 件/100 人・ 年を推算とした報告1)がある.また,加療を要 した副腎クリーゼの頻度はAddison病の8%程 度との疫学調査もある1).我が国の疫学調査の 結果3)によると副腎クリーゼの誘発要因は,感 染症が 63%,手術 6%,外傷 6%であり,イン フルエンザなどの感染症時における対応に関す る患者指導は極めて重要である.

4.副腎クリーゼの主要症候と一般検査所見

悪心,嘔吐,軽度腹痛,体重減少,筋・関節 痛,倦怠感,発熱,血圧低下,意識障害など, 多様かつ非特異的である.これら症状を複数認 めた際に本症の可能性を疑う.身体所見では, 色素沈着(原発性副腎不全症のみ),恥毛,腋毛 の減少・脱落,耳介軟骨の石灰化(長期副腎不 全症例)の診断的価値が高い.発症基盤として の慢性副腎不全症の存在を疑わせる.ステロイ ド薬の長期連用例についてはCushing徴候を認 める一方で,副腎不全症状を訴える.なお,乳 幼児期には嘔吐,哺乳力低下,脱水,脱力が主 症状であり,年長になると腹痛,脱力,疲労, 精神障害などを認める.どの小児年代にも ショックや低血糖発作は起こり得る. 一般検査所見として,低ナトリウム血症,高 カリウム血症,低血糖,貧血,好酸球増多など を認める.表 1 に副腎クリーゼを疑う症候と検 査所見の一覧を示す.

5.副腎クリーゼの診断と治療

本症が疑われれば,ACTH,コルチゾールの測 定用検体を採取後,躊躇なく治療を開始する. ストレス下の随時血中コルチゾール値を用いた 副腎クリーゼの判定の目安として,3~5 μg/dl 未満なら副腎不全症を強く疑う1).

成人の場合には,投与するGCはHCの静脈内投 与が推奨される.表 2 に副腎クリーゼ発症時の 代表的な治療法を示す3).HCを生理食塩水,ブ ドウ糖液とともに投与するが,200 mg/日を超 えるHC投与は意味がないとする意見もある5). 小児の場合の処置例を以下に示す.1)最初 の1時間に450 ml/m2 または20 ml/kgの5%グ ルコース含有の生理食塩水を点滴,その後は24 時間かけて 3,200 ml/m2 または 60 ml/kgの速度 で点滴を続行.2)(1)を開始後,50~75 mg/ m2 のHCを急速静注.3)静脈ルートを確保でき ないときは,迷わずHCコハク酸エステルの筋肉 内注射を行う(日本ではHCリン酸エステルは静 注適応のみ).4)以後は50~75 mg/m2/日のHC を持続投与もしくは 4 分割し,ショック症状が 改善するまで 6 時間ごとに投与.5)症状改善後 は経口薬に切り替え,1~4週間程度かけて維持 量まで漸減する. なお,原発性副腎不全症患者(1,675 名)の 平均 6.5 年間の後ろ向き追跡調査によれば,副 腎クリーゼによる死亡は 26 名(1.5%)であっ たとする報告がある1).既知の副腎不全症で あっても,副腎クリーゼによる死亡はあり得る ため,患者教育は重要である.一方で,副腎ク リーゼの発症は患者教育の程度と関連がなく, GC自己注射の教育・実施がその対策として重要 とする意見がある1)が,我が国ではGC自己注射

は認可されていない.

6.副腎クリーゼの予防のための患者指導

副腎クリーゼ予防のための患者指導内容(成 人向け)の要点を以下に示す.1)自己判断で ステロイドの内服を中断しない.2)いつもと 違うストレス時,例えばインフルエンザ,発熱, 抜歯,強めの運動(長時間のウォークラリーな ど)などの際には,ふつうの状態よりもストレ ス対応ホルモンであるコルチゾールの量を多く 必要とする.そのような際には,コートリルR を通常服用量の 1.5~3 倍服用する.3)万が一 のときに備え,緊急時用のカード(病名,処置, 連絡先を記載)を携帯しておく(主治医にカー ド作成を依頼する).

7.特殊な病態:敗血症性ショックにおける 相対的副腎不全症

重症ウイルス感染症や敗血症性ショックなど の患者において,重症の炎症反応を制御するに は不十分な副腎機能の状態,すなわち侵襲の大 きさに見合わないコルチゾール分泌状態を指し て,「相対的副腎不全症」という病態が提唱され ている.重篤な炎症状態に伴い,上昇している 様々な炎症性メディエーターやサイトカインが 副腎機能の抑制をもたらすため,血中コルチ ゾールの基礎値は通常の正常範囲内の値であっ ても,病態に見合わない値と解釈されている4). 元来,敗血症性ショック患者における血中コル

チゾール基礎値は疾患重症度を反映し,高値の ものは生命予後が不良で,その閾値は 45 μg/dl 以上とする報告も認められる5).一方で,侵襲 の大きさに見合わない血中コルチゾール基礎 値,およそ血中コルチゾール基礎値 20 μg/dl未 満の患者群は,相対的副腎不全症として,やは り生命予後不良の病態として認識されるように なり4,5),予後改善のための 200~300 mgのHC 投与の是非が論じられるようになった.ACTH負 荷により相対的副腎不全症を診断する試みもあ り,種々の臨床研究では 250 μg ACTH負荷にお ける血中コルチゾールの頂値が,負荷前値より 9μg/dl以上上昇したときを正常反応,それ未満 を「相対的副腎不全症」と診断する方法も提唱 さ れ て い る 6 ). し か し な が ら ,「 相 対 的 副 腎 不 全 症」の定義そのものがそれほど明確でなく,内 分泌学的診断法として確立したものはないのが 現状である.1 μg ACTH負荷試験の方が 250 μg ACTH負荷試験よりも,血中コルチゾール基礎値 20 μg/dl未満の相対的副腎不全症患者のスク リーニングにはより有用とする報告もある5). ステロイド治療の有効性に関しては,以下の ような報告がある.フランスの19のintensive care unitsが参加した二重盲検試験(300 症例の 敗血症性ショックが対象)では,250 μg ACTH 負荷後の判定(同上)に基づく「相対的副腎不 全」群は,299例中229例(77%)と高率であっ た.この「相対的副腎不全」群では,プラセボ 投与群に比し,HC 200 mg/日(50 mgを 6 時間 ごと,静注),7 日間投与群(taperingなし)に より,28日死亡率や入院死亡率の改善が示され た.一方,副腎機能正常群では,このような差 異は認められていない6).その後のメタアナリ シスでも上記成績の概要は支持されたが7,8), 2008年 にNEJM(The New England Journal of Medicine)に 発 表 さ れ た 多 施 設RCT(randomized controlled trial)研究(499 名の敗血症性ショッ

ク患者が対象)では,その効果が否定されてい る.同研究では,250 μg ACTH負荷後の判定に 基づく「相対的副腎不全」群は 499 例中 233 例

(47%)に認めた.しかし,敗血症性ショック に対するHC 200 mg/日(50 mgを 6 時間ごと, 静注)の 5 日間投与(taperingあり)は,プラセ ボ投与群に比し 28 日死亡率を改善せず,「相対 的副腎不全」群と「正常副腎機能」群それぞれ に分けて同様の検討を行っても,プラセボ投与 群に対するHCの効果は認められなかった.ただ し,ショック離脱例は,HC投与群の方がプラセ ボ投与群に比して有意に高かったことが報告さ れている9).これら2つの臨床研究における結果 の違いに関しては,対象患者の重症度の違いや プロトコールの違いを考慮する必要があるが, 現時点では敗血症性ショックの「相対的副腎不 全症」に対するHC投薬による予後改善効果は限 定的と思われる.ステロイドの使用は,既存感 染症のさらなる重症化や日和見感染による新規 感染症の発症リスクを併せ持つことも考慮に入 れるべきである.現時点では,個々の症例によっ てステロイド治療の適応を慎重に見極めたうえ で使用されるべきと考えられる.

おわりに

副腎クリーゼは,かかりつけ医療機関におけ る対応はそれほど困難ではないと思われるが, 全くの初診対応では,その診断は必ずしも容易 ではないことは銘記すべきである.高リスクの 患者では,万が一のときに備えて,緊急時用の カード(病名,処置,連絡先を記載)を作成し, 常時携帯させておくことが重要である.