「注射をしてほしい」

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「家のものが注射してもらって来いとうるさいから」
「注射するとなんとなく楽なような気がする」
「気のせいだとは思うけど、今日は打ってください」

意地悪をしているつもりはないのですが、点滴は効かないということをかなりていねいに説明してみても、注射について、根強い「思い込み」 がある患者さんにとっては、「注射」と「効果」の科学的な意味での因果関係の説明は、意味がないかも知れません。最後には、御本人から「気のせいで効いているのかもしれないけれど、打って欲しい。」 と言われてしまうことが多いですよね。

患者さんと話していると、経験的に点滴が良く効いたと強く信じている方が多く、それぞれの面白い「解釈モデル」が聞くとこができます。注射について「効果のない無意味な治療」「保険適応もない治療」「 注射による神経損傷などの危険もある治療」と考えると「注射しないこと」が大義でしょう。しかし、「かぜ」でわざわざ医院まで来ている人は、注射を期待して受診しているわけです。たとえ保険が効かなくても(混合診療の問題はありますが)150円ぐらいだったら、自費でもいいからしてほしいという希望が多いと思います。 都会ではニンニク注射?というようなものが、まことしやかに打たれているような状況もありますよね。

医療倫理では、自律性(患者が自分で決める)と無危害性(患者に大きなリスクを与えない)が大原則ですから「ビタミン注射」のリスクが大きなものでないのであれば、医師が医学的な無効性や副作用について十分な説明をした上で、患者がそれでもなお自律的に注射を選んだということは、ある程度は尊重しなくてはなりません。
インフォームドコンセントの時代に、注射を黙って断ると、それがいくら根拠のなく、理論的に医師側が正しかったとしても患者さんは「あの先生は私の体のことをちゃんと診てくれなかった」という印象が残 るのは心情的にはしかたがないことです。注射という医療行為に関わらず、お互いの信頼関係が構築できなければ、いくら根拠に基づいた医療をしていたとしても残念な結果に終わることは目に見えています。 しかし、医学の進歩が著しい現在でも、データがない(金にならない治療研究は臨床試験が行われない)からといって、ビタミン注射が効かないという結論は間違っているかも?しれません。医学のエビデンスはどんどん変わります。(事実、僕らが、30年前に大学時代に習ったこと、心筋梗塞、胃潰瘍、気管支喘息、肝炎等々、うそばかりでした。)

人間、年をとると丸くなるものです。自分自身もかなり頑固なところもあり、以前はかたくなに点滴を拒否していましたが、今では、まあ堅いことは言わず点滴ぐらいはやってあげてもいいかなあと思うようになっています。特に、お年寄りにはかなり優しい対応となっているようです。 「がんばらない」の鎌田實先生は、つぶれかけていた長野県茅野市の諏訪中央病院を「住民とともに作る地域医療」の病院として再生します。最初に赴任したときの下りで、なるべく注射をしない、できるだけ薬は出さないという信念で、患者さんを思いやった?医療に徹すると、意に反して患者さんはますます減っていくんですね。お年寄りは、注射やお薬が楽しみなんです。

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当院では、真ん中をとって、注射はしませんが、点滴ならしてもいいですよというスタンスでやっております。 (ビタミン剤やブドウ糖か20mlぐらい注射するというのは、本当に意味がないので、 脱水の補正目的で補液するのは、少し意味があるかもしれないので、250ml(または500ml)の点滴をしています。ラインを取っていると血管迷走神経反射性失神にも対応できます。) しかしそうは言っても、比較的に若い人には(全身状態にも拠りますが)元気そうなら、注射は医学的には効果は証明されていないというお話しをして、出来るだけ、点滴はしない方向にもっていく努力はしています。ただ「絶対注射をしない」という姿勢ではなく「実際に注射を受けてどういうふうに効いたと感じるのか」「なぜ効いたと思うか」など患者さんと話しながら「ビタミン剤の注射よりも、脱水の補正目的で点滴する方がいいかもしれない」と説明しています。脱水症の治療としても、本来は経口補水液を飲んで下さいと言えば、済むことなんですが、 患者さんにとっては、医師から手をかけてもらう、希望を満たしてもらうことにはそれなりの意味があるのではないかと思っています。 

もちろん「この点滴だけに頼らずあとはゆっくり休んで十分に水分を取ることが大事です」などと説明して、漫然と点滴を繰り返すのではなく、次からは、体重が減っていなければ(ごはんが食べられているようなら)点滴もする意味がないことを、説明してゆくことで「注射」がそれほど意味がないということが理解できるようになるかもしれません。そしてさらには、風邪で受診する前にしっかり水分を取ってみようとか自己管理への発想転換ができるようになるかもしれません。ひとりひとりに、風邪の時の注射が意味の乏しいものであることを繰り返し説明し、考えさせることで、少
しずつでも必要のない注射を希望する患者さんをを減らしていく努力はしていくつもりです。

ちなみに、点滴をしていると慣れた患者さんは、勝手に点滴のスピードを調整している強者もいます。輸液投与速度って上限があるのでしょうか?心臓悪い人はゆっくり、出血性ショックの場合は全開なんていいますよね。(上限って全開?注射器で押し込む?)一般的な輸液は500ml/時、細胞外輸液は1000ml/時(Na=100mEq/時、K=20mEq/時)ブドウ糖5%で600ml/時が上限とされています。当然、疾患や薬剤によっても輸液速度は異なるので、勝手にクレンメを触らないようにお願いします。