「塩分イコール高血圧」から「塩は悪者」と刷り込まれて、しょっぱいものを食べるとなんとなく罪悪感を感じてしまいますが、きっかけは、1961年に米国のブルックヘブン国立研究所のルイス・ダールが疫学調査で、食塩摂取量と高血圧の発症率に相関があることを示唆したことです。
しかし、塩分は生きていく上で必要な栄養素です。ダールの疫学調査の後、インターソルト・スタディ(32ヶ国、52センター、10,079人を対象者として国際的に行われた食塩摂取量と血圧に関する疫学調査研究)では、食塩排推量(食塩摂取量とほぼ同じ)と高血圧有病率との関係は認めらませんでした。文明社会では食塩の摂取量に関係なく10~15%の高血圧患者がいるということのようです。ただ、食塩をほとんど摂取しない文化(no salt culture:食塩として約0.08グラム)のアラスカのイヌイットの人たちやブラジル北部のヤノマミ族には、高血圧の発症はなく、加齢でも血圧が上がりません。ただ、その地域の人たちが必ずしも長生きとは限りません。
それでは、減塩すれば、血圧は下がるのでしょうか?血圧が下がれば、脳血管障害は減るのでしょうか?この疑問に対しては、2014年、世界的な医学雑誌「BMJ Open」でわずか1.4gの減塩で脳卒中&心臓病の死亡率が激減!と衝撃的な研究が発表されました。イギリスでは2003年頃から、産官学一体となった強力な減塩キャンペーンが行われ、その結果、2011年までの8年間でイギリス国民全体の食塩摂取量は1日あたり9.5gから8.1gに減少しました。つまり1.4gの減塩を8年かけて達成した計算です。小さじ1杯の塩がおよそ6gなので、1.4gというと小さじ1/4程度にすぎませんが、そんなわずかな減塩がもたらした健康効果は研究者も驚くほどのものでした。心疾患と脳卒中の死亡者数が4割も減少しました。これによって、年間約2300億円以上の医療費が削減できたとされています。
パンは食塩を大量に含む食品とされており、イギリス国民の塩分摂取源の18%が、パンによるものであることがわかりました。そこで食品基準庁は、減税を餌にして国内のパン製造業者に減塩を強く働きかけました。ところが、多くのメーカーはパンの塩分量を減らすことに反対で、パンの味が変わってしまうことで売り上げが減ったらどうしてくれるんだという思いが協力の大きな障壁になっていました。“塩と健康に関する国民会議”は減塩は一気にするのではなく、時間をかけて段階的にゆっくり塩分を減らせば、消費者に気づかれることもなく、売り上げを減らすことない。実は、国民会議は根拠となる研究結果を持っていました。2つのグループをつくり、グループ1は通常のパンを食べるグループ。グループ2は段階的に毎週5%ずつ減塩していったパンを食べるグループで、最終的には25%減塩したパンを食べることになる。もちろん被験者はそれを知りません。この条件で、6週間後、味の違いについて感想を聞いたところ、塩分量が同じパンを食べたグループはもちろんのこと、段階的に25%まで減塩したパンを食べたグループも、「味は変わらない」と答えた。「研究結果から、人間はわずか6週間で薄味に慣れてしまうことが分かりました。人間の味覚は、意外と中長期的な味の変化には鈍感になるようで、この特性を利用して、塩分を消費者に気づかれないよう、こっそり減らせば減塩可能と判断したそうです。この減塩プロジェクトは、最初の年は2%の減塩から開始したものの、その後7年間かけて、最終的には塩分を20%まで減らすことに成功しました。
日本でも是非やっていだだきたい政策ですが、縦割り行政ではなかなか難しそうですね。臨床現場でも患者さんに減塩を意識させるには医師だけでは無力であり、多職種を巻き込み、社会全体に減塩を浸透させる取り組みを行う必要がありそうです。「こだわりのヘルシーグルメダイエットレストランin呉&広島」プロジェクトがあります。この活動は、街のレストランで料理人が美味しい減塩メニューを提供し、患者さんや住民は気軽にその味を体験できるというもので、2008年に8店の飲食店が参加してスタートし、地域のタウン情報誌「月刊くれえばん」でのPRも奏功し、活動がテレビに取り上げられるなど徐々に認知度が高まり、フレンチ、イタリアン、和食、中華料理、インド料理またはラーメンやお好み焼きなど今では約40店が参加するほどになりました。
日下先生は、「こだわりのヘルシーグルメダイエットin呉&広島」がある程度軌道に乗った2012年に、減塩に特化した世界初のイベント「減塩サミットin呉2012」を開催します。スローガンは「子供たちとこの国の未来のために、市民と医師が本気で減塩について考える「子供たちは、子供のころに食べたお母さんの味を美味しいと思うわけです。小さいころから減塩の味を覚えて、それがお母さんの味になれば、大人になっても減塩が当たり前になり、減塩を意識することなく減塩ができている状態になるのです」日下先生はこのように話します。減塩サミットには、大勢の市民や患者さんなど約8,000人が参加したそうです
減塩活動によって、2012年から呉市立内の小学校では、減塩給食が始まりました。味の変化が分からないように段階的に食塩量を減らし、かつ、味付けを工夫したことで、減塩による残食はなく、むしろおかわりをする生徒さんもいたそうです。「子供が減塩を意識すれば、波及効果が大きいのです」
毎月17日は「減塩の日」日本高血圧学会が進めている減塩・栄養活動についての一般の方々に親しみやすく告知を推進する目的のための公式認定キャラクターです。減塩啓発キャラの「良塩くん」健康にとっても気を使う6歳児。頭のキャップは計量スプーン、腕にはいつも血圧計をつけています。塩の取り過ぎにうるさい「うすあ人」が胸におります。日本高血圧学会の減塩委員会のメンバーです。良塩君の右隣は日下先生ですよね。
減塩指導のポイント
毎日の食事でどこで食塩を取っているのかを調査してみると、その原因は、しょうゆからは2.4g、みそから1.1g、食塩そのものが1.1gなどが想定できます。ということは、「しょうゆは使わない」「みそは減塩」などをすれば、3~4gぐらいの減塩はできることになります。難しいのは加工食品。つまりスーパーなどから買ってきたものの中に、どれぐらいの食塩が入っているかです。しょうゆを使わずにかまぼこを食べても、元々食塩がたくさん入っていれば意味がありません。ここが見えないから減塩が進まないのです。
(1)減塩調味料を使う
最近では減塩調味料も色々販売されていますので、使ってみる手もあります。減塩しょうゆやだししょうゆの種類は様々です。通常のものよりも塩分が1/2~2/3に抑えられ、もの足りなさを補うために、香味や昆布、カツオなどの旨味をきかせたものもあります。
(2)かけずに付ける
お刺身を食べる時に醤油をかけたり、とんかつにソースをかけたりせずに、調味料は小皿に出して付けて食べるようにしましょう。
(3)外食は控える
塩分を多く含む食品をたべると1食分の目安(2g)をすぐに超えてしまいますね。元から塩分を多く含む食品をなるべく控えることも大切です。うどんやラーメンなど麺類にもたくさん塩分が含まれています。麺類が好きな人は、その頻度を減らすこと。ちなみにラーメンの汁には約4.5gの塩分が含まれています。パンにも塩分が含まれているので、主食は米飯がお勧めです。ご飯の塩分は、ほぼゼロです。
(4)計量スプーンで測る
自炊で調味料を入れる時は、目分量ではなく計量スプーンで測る習慣を付けましょう。
(5)塩味に代わる味のアクセント
出汁や香辛料、お酢、柑橘類、胡椒や唐辛子などを使って風味を良くすると味気なさをカバーすることができます。
計量スプーンで測ったり、出汁や香辛料、お酢、柑橘類などを使うような高度な減塩は、医師(男性)にとってはちょっとハードルが高いので、当院では、月に1回、栄養士さんに依頼して1人45分の枠を設けて「栄養指導」を行なっています。主には糖尿病の食事指導ですが、減塩の他、カリウム制限、タンパク制限などお願いしています。
大阪の国立循環器病研究センター(国循)では、心臓病や脳卒中などの循環器病や循環器病につながる高血圧の治療・予防のため、平成17年から、1日の塩分摂取量が合計6グラム未満(1食2g未満)となる病院食を美味しく減塩する工夫をして入院患者さんに提供しています。この減塩食は京都の割烹などで修行した調理師長を中心に、うまみを引き出す決め手は“だし”京料理の手法を取り入れて独自メニューを開発したものです。あの美味しい病院食を家庭でも食べたいという患者さんやそのご家族の要望もあり、一般向けレシピ本「国循の美味しい!かるしおレシピ」~0.1mlまで量れる!かるしお(軽塩)スプーン3本セットつき(セブン&アイ出版)を全国の書店にて発売しました。「減塩なのにおいしい」と好評いただいて評判になり、発刊以来5ヶ月で累計25万部に達しました。
我が国では、高血圧症の方は約4300万人と推計されています。国民の収縮期血圧平均値 4mmHg低下させることにより脳卒中死亡数は年間約 1万人減少し、また、冠動脈疾患の死亡数は年間約 5千人減少すると推計されています。そのため、日々の診療で高血圧患者さんに対し適切な血圧コントロールを行うことが、脳卒中や冠動脈疾患による死亡を減らしていくと考えられます。
我が国における高血圧患者の約半数は医療機関にかかっていません。高血圧の治療をしているうちの約半数はコントロール不良です。血圧の管理状況が良くない理由についてはいくつか考えられますが、中でも最近注目されているのが、クリニカル・イナーシャ(Clinical Inertia)直訳すると”臨床的な惰性 or 慣性” ということになります。最新のガイドラインで示された降圧目標に達しておらず、下げた方が良いと考えられる状況であるにもかかわらず、治療が強化されないでそのまま続けてしまう場合、また、二次性高血圧や睡眠時無呼吸症候群など治療抵抗性の高血圧の原因についてしっかりと検索しないままに治療継続してしまう場合などが考えられます。つまり、服薬コンプライアンスの確認と服用できていない場合の理由を十分に確認できていないなど治療全体の課題を含めて”クリニカル・イナーシャ”というわけです。
“クリニカル・イナーシャ”はどのような状況で生じるのでしょうか?
降圧目標近くまで血圧が下がると、医師・患者さんともに、許容範囲と考えてしまうこと
血圧を下げ過ぎると、脳や冠動脈血流量低下を心配する医療者が多いこと
仮面高血圧、白衣高血圧などで何が本当の血圧なのかという疑問があること
多剤併用療法に伴う治療費に対して配慮していること
などが原因として挙げられています。すなわち、”クリニカル・イナーシャ”は、患者側の問題、主治医側の問題、医療制度の問題、社会経済的問題など様々な要因が関与しているということになります。
行政、マスコミ、産業界や学会などが国民に対して正しい情報を提供して啓発していくこと、チーム(医師・看護師・薬剤師・管理栄養士など)による高血圧患者に対する教育、高血圧診療を行っているプライマリーケア医に対する意識改革などが重要ではないかと考えます。
食塩感受性高血圧
ナトリウムの排泄障害のため,食塩摂取で血圧が過剰に上昇してしまうのが、食塩感受性高血圧です。
ナトリウムの排泄量(摂取量)と血圧の関係をグラフにすると以下のようになります。食塩感受性が上がっていない高血圧(食塩非感受性高血圧)は,カーブの形は変わらず、立ったままそのまま右にシフト(全体的に血圧上昇)します。食塩感受性高血圧は,ナトリウム摂取に応じて血圧が変動しやすいので,カーブが横方向に傾きます。
食塩感受性の強さは「遺伝因子と環境因子」により規定されます。遺伝因子に関しては、両親のいずれかが食塩感受性高血圧だと子供も同じ傾向を示しやすく、血圧調節に関わるアンギオテンシン変換酵素の遺伝子多型が関与するといった報告もあります。食塩感受性に影響する環境因子で、肥満が食塩感受性を増大させる重要な環境因子です。肥満の人は食塩をとればとるほど血圧が上がり、摂取する塩分量を控えると血圧が著明に下がりやすい。また、減量すると食塩感受性は弱くなります。肥満やメタボの人が食塩感受性高血圧になる機序としては肥満によるインスリン抵抗性が腎臓でのナトリウム再吸収を亢進させたり、腎臓でのナトリウム再吸収を亢進させるアルドステロンが高いといったことが考えられています。肥満以外に食塩感受性を増強させる要因としては、高齢者、女性、腎障害、糖尿病、脂質代謝異常、ストレスが強いといったことがあります。
食塩非感受性高血圧の多くは,全身の動脈硬化によって,腎血流の低下がみられる特徴があり、高レニン活性であることが多いです。一方,食塩感受性高血圧は(腎血流が保たれているので)低レニン活性であることが多く,鑑別の参考になることもあります。しかし、食塩感受性は有るか無いか 0%か100%のどちらかというものではありません。ヒトによって感受性が強い人もいれば弱い人もいる90%の人もいれば10%の人もいるといったイメージでとらえられます。欧米人に比べると日本人は食塩感受性が強い人が多く、日本人の高血圧患者さんの40%ほどは食塩感受性が高いとされています。食塩感受性高血圧の人はそうでない人と比較すると心臓病や脳卒中を発症するリスクが2倍以上も高くなります。
最もよく使われている降圧薬,Ca拮抗薬を使うと全体的に血圧が下がります。
次に,ナトリウム再吸収を抑制する利尿薬治療を内服するとグラフが立ち上がり、食塩非感受性高血圧の形になります。食塩感受性高血圧の本態は,ナトリウム排泄障害なので、ナトリウム排泄を促進する利尿薬は,理にかなっているわけです。
サイアザイド系利尿薬と言えば、名前は利尿薬ですけど降圧作用は弱い降圧薬なんです。ガイドライン上も降圧薬としてACE阻害薬/ARB、Ca拮抗薬と同列の第一選択薬となっています。比較的低用量で利尿効果が最大(増加しても降圧効果も利尿効果もが上がらない)である一方で副作用(低K血症,高尿酸血症,脂質代謝・糖代謝の悪化)は、増量によって明確に増えるため、サイアザイド利尿薬の使用は少量に留めるべきとされるわけです。降圧薬としては,ACE阻害薬/ARB、Ca拮抗薬で降圧が足りない時の併用薬として使用しましょう。。遠位尿細管Na+-Cl-共輸送体を阻害し,Na+,Cl-の再吸収を抑制します。通常の腎尿細管におけるナトリウムの再吸収の割合は,近位尿細管が60-70%、ヘンレのループが20-30%、遠位尿細管が5-7%、集合管が1-3%とされることからも常用量同士のループ利尿薬とサイアザイド系利尿薬では,利尿作用が5倍くらい違うという感じです。また、交感神経刺激に対する末梢血管の感受性を抑制します。(血管平滑筋細胞内のナトリウムやカルシウムの減少して血管拡張作用)
食塩感受性高血圧は,腎臓からのナトリウム排泄障害があり,食塩の摂取量の影響を大きく受ける高血圧です。食塩感受性高血圧は,比較的低レニン活性となることが知られています。レニン活性が低いということは,腎血流は正常〜過多(腎血流は保たれている)の状況であり,サイアザイド利尿薬が,安全かつ有効に作用する病態とされます.
最後に,ACE阻害薬/ARBなどを内服するとグラフがさらに横に寝てしまって、食塩感受性が高くなるとされます。この理由として,RAA系の抑制が糸球体濾過量を低下させることが関与しているのではないかとされます。下がるには下がるけど塩分制限を守れていないと血圧の下がりは少なくなります。
ACE阻害薬/ARBは,臓器保護作用の観点から広く使われる薬剤であり、合併疾患によっては,Ca拮抗薬と利尿薬に優先して投与すべきとされますが、このACE阻害薬/ARBで血圧が下がりにくい症例には食塩感受性高血圧が含まれている可能性は高いです。
食塩感受性高血圧を疑うポイント
(1)ACE阻害薬/ARBがあまり効かない
(2)低レニン活性(採血結果)
(3)患者さんの性格上,塩分制限を守れなそう
(4)比較的若年で動脈硬化リスクが高くない
動脈硬化が進行して起きた高血圧は,高レニン性高血圧の可能性が高く,食塩感受性は低いことが多いです.逆に,動脈硬化のあまりなさそうな,比較的若年症例が高血圧できた場合,食塩感受性高血圧の可能性があります。
(5)Non-dipper型夜間高血圧
早朝高血圧の原因のひとつ
ゆえに,ACE阻害薬/ARBで血圧が下がりにくい症例の対応としては、塩分制限を確認(守れてなければ注意喚起)し、副作用に気をつけて,少量サイアザイド系利尿薬併用(サイアザイド利尿薬によって起きるRAA系亢進をRAS阻害薬は相殺してくれるのでその点でもこの組み合わせは合理的)が勧められる。一方で,Ca拮抗薬は、大した副作用もないので,選択肢にはなります.
サイアザイド系利尿薬は、併存疾患のない高血圧の第一選択として,サイアザイド系利尿薬は、他剤(Ca拮抗薬,ACE阻害薬,ARB)と比較して心血管系イベント(急性心筋梗塞,脳梗塞,心不全)が優位に少なかったという降圧薬としてのエビデンスもあります。(Lancet. 2019 Oct 24)
サイアザイド系利尿薬はGFR<20でほぼ無効です。
高齢者にサイアザイド系利尿薬を使用すると遠位尿細管は、ナトリウムを再吸収しつつ水の透過性が低いので尿の希釈を行います。高齢者では,ADH作用に拮抗するプロスタグランジンの産生抑制が起こり、尿の希釈能が低下しているとされます。すると、ただでさえ尿希釈能が低下しているところにサイアザイド系利尿薬を使用すると遠位尿細管の機能が抑制され脱水や低ナトリウム血症を起こしやすい環境と言えます。
サイアザイド利尿薬は、遠位尿細管でナトリウム再吸収抑制されますが,その一方で遠位尿細管細胞の基底膜側のNa+Ca2+逆輸送体が活性化され、管腔側膜にあるCa2+チャネルを介してCa2+再吸収が促進されるため高カルシウム血症を呈することがあります。(他の利尿薬では血清Ca濃度は下がる)
利尿剤として立ち位置は、長期ループ利尿薬使用によるの耐性症例でサイアザイド利尿薬の併用効果を認めます。
降圧薬としては,食塩感受性高血圧や浮腫を伴う高血圧で有効とされます。