失神

失神の定義です。
◎一過性の意識消失発作(通常は秒から分の単位の持続時間)
◎数分で完全に元の状態にもどるもの(意識は戻ったけれど、完全ではなくボーっとしている場合は失神ではなく意識障害です)

失神と意識障害はイコールではありません。意識障害のひとつの症候として失神があります。脳への血流不足でおこるのが失神であり、脳に器質的な異常は認めません。

意識障害の原因はたくさんあり、「あいうえおチップス(AIUEOTIPS)」なんて覚え方をする場合もあります。

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まず、失神の原因疾患がなにか?リスクの評価が重要です。

心不全の既往、兆候がないか?
心電図は異常ないか?
高度な貧血はないか?
呼吸困難はないか?
血圧は正常か?

失神を起こした時の状況の問診を行います。

失神の三大原因は、(1)心臓血管性失神(2)起立性失神(3)迷走神経反射性失神です。

このうち最も重要なのは(1)心臓血管性失神です。失神全体の約20%程度を占めます。もし心臓が原因で、治療せずに放置した場合、1年後の死亡率は約25%です。原因疾患としては、不整脈、大動脈弁狭窄症、心筋症、心不全、大動脈解離、肺塞栓があります。胸部のレントゲン、心電図、心エコー、24時間心電図などの検査を行います。特徴としてはなんのきっかけもなしに、突然意識を失うことです。

(2)起立性失神は、立ち上がったときに脳への血流が減少しておこります。原因としては、貧血や出血、脱水状態の検索が必要です。出血、貧血の原因として重要なものは消化管出血、婦人科疾患です。血液検査、胃カメラ、腹部エコーなどを行います。

(3)迷走神経反射性失神は頻度としては最も高く、排尿、排便、咳、嚥下、嘔吐や驚き、恐怖、怒り、笑いなどの感情の動揺などにより迷走神経が刺激され徐脈と血圧低下により脳血流が低下して失神がおこします。前駆症状として冷や汗、ふらつき、めまい、吐き気を伴うことが多いとされています。ほとんどの場合、安静にしているだけで(点滴だけで)改善します。

失神は一生のうちでは約半数の人におこるといわれ、必要以上に怖がることはありませんが、原因により生命予後が大きく異なっています。神経調節性失神の予後は、失神未経験者の人と全く変わりませんが、心原性失神などのハイリスクの失神を見逃さないことが重要です。

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NEJM 2002

 

状況失神

状況失神は、ある特定の状況 (または日常動作)で誘発される失神と定義され、血管迷走神経性失神、頸動脈洞失神と共に神経調節性失神症候群に含まれる病態である。2009年に改定された欧州心臓病学会のガイドラインでも vasovagal,carotid sinus と共に神経反射性失神に 分類されている。状況失神は様々な状況で発症する が、一般にその機序として急激な迷走神経活動の亢進、交感神経活動の低下、および心臓の前負荷減少により、徐脈・心停止もしくは血圧低下をきたし失神する。通常、状況失神には排尿、 排便、嚥下、咳嗽、息ごらえ、嘔吐などに起因する失神発作が含まれる

状況失神

排尿失神は、状況失神のなかで最も頻度が多い原因です。立位で排尿する男性に多く、中高年に比較的多く発症するが、20〜30 歳代の若年者や高齢の女性にも発症する。長時間の臥床後や夜間就寝後の排尿中および排尿直後に起こり、飲酒や利尿薬の服用が誘因となる。排尿失神の想定される発症機序は、静脈還流の減少に排尿による迷走神経刺激が加わって血圧低下や徐脈・心停止をきたすとされるが、就寝中の末梢血管抵抗減少、飲酒や血管拡張薬の影響により低血圧が助長される。アルコールは末梢血管拡張作用と交感神経刺激作用があるため神経反射を誘発し易くする。

状況失神の診断は、詳細な病歴聴取により失神時の状況を把握すること、失神の原因となる他の基礎疾患(循環器疾患、神経疾患<代謝性疾患など)を否定することによりなされる。

状況失神に対して確立されている治療はなく、病態を説明し、誘因を避けるための生活指導を行います。発作の直前に前兆(気分不快、血の気が引く感じなど)があった場合は蹲踞を行うように指導する。排尿失神では誘因とされる過度の飲酒や血管拡 張薬の服用を避ける。特に感冒や疲労時はアルコールを控える。飲酒時には男性でも座位での排尿を指導する。排便失神では誘因となる腹痛や下痢を予防し,夜間の排便を避ける。嚥下性失神では個々の患者で誘因となっている もの(固形物、温湯、冷水、炭酸飲料など)を避けると共に固形物は十分に咀嚼して小さくしてから飲み込む。咳嗽失神では咳の予防として禁煙、肥満の改善(減量)を指導し基礎に肺疾患がある場合はその治療を勧める。有効な治療薬はない。嚥下性失神で徐脈、心停止を伴うものでは硫酸アトロピンが有効であるが、口渇などの副作用のため長期の服用は困難 である。生活指導により失神が予防できず、特に嚥下性失神では著 しい徐脈・心停止を認めることが多くペースメーカ治療の適応である(class IIa)

 

起立性低血圧(OH:orthostatic hypotension)

起立によって立ちくらみ症状を生じる病態で、いずれも心・血管系の自律神経調節(広義の圧受容器反射)に何らかの機能異常があり、起立時に重力の作用による下半身の静脈系への血液貯留を代償することができない。交感神経活動に注目すれば、起立性低血圧では活動低下、体位性頻脈症候群(PoTS:postural tachycardia syndrome)では活動尤進、神経調節性失神(NMS:neurally mediated syncope)では発作前駆期の活動充進と発作時の活動停止がみられる。 起立性低血圧の原因疾患は多岐にわたり、病態生理に基づいたオーダーメイドな対応が必要です。起立性低血圧の治療の目的は、血圧の数値の改善ではなく、QOLの向上にあるので、たとえ起立時の血圧下降幅が大きくても,症状が軽微であれば治療すべきでない。起立性低血圧患者さんは、圧受容器反射が破綻しているので,もともと臥位高血圧を伴う症例が多い。起立性低血圧の薬物治療は多かれ少なかれ,臥位高血圧を惹起するので、長期の投薬は脳血管障害や心筋障害の危険を増大し生命的予後を悪化させる。

起立性低血圧の治療(QOL改善)においては可能な限りきめ細かな生活指導が最優先である。また、吸気時に唇をすぼめる、鼻から吸気する、吸気時の流入量だけを選択的に抑制する装置を用いるなどの方法で呼吸ポンプを賦活し過換気を抑制することで起立性低血圧が改善することが報告されています。

起立性低血圧の薬物療法を示す。現在のところ、フロリネフ(fludrocortieone)メトリジン(midodrine)メスチノン(pyridoatigmine)の3薬が最も標準的な起立性低血圧の治療薬である。フロリネフ(保険適応未承認)は類aldosterone作用による循環血養量の増加作用を有し、同時に血管壁α1受容体の感受性を高める作用もある。半減期が7時間と作用時間が長いこと、低k血症を惹起することがあるので定期的に血清K値の追跡を行うことが不可欠である。0.1g (1錠)朝1回の少量投与(英語圏では1g/日まで増量可能とされている)メトリジン(保険適応)は血液脳関門を通過せず、作用時間も短い選択的α1刺激薬で、標準3薬の中で最も高いエビデンスレベル1を有し、日本では本薬が第1選択薬とされる場合が多い。1回2mg(1錠) 1日2回 朝夕の処方で開始し,最大1日8mgまで増量可能である。メスチノン(保険適応未承認)は重症筋無力症に用いる薬で,交感神経節前線維の作用を賦活し、節後繊維終末からのノルアドレナリン放出を促進するとされる。1回1錠(60mg)1日2回から開始し、90〜180mg分3で維持量とする。この3剤を組み合わせても十分な効果が得られないこともある。どのような薬の組み合わせが最適であるかは症例ごとに驚くほど異なる。(日本神経治療学会 標準的神経治療:自律神経症候に対する治療)

 

食事性低血圧(PPH:postprandial hypotension)

食事性低血圧は食事後に血圧が異常に低下する現象である。食事性低血圧は、高度のものは主に自律神経障害が目立つ自律神経機能不全症(AF:autonomic failure)などに認められるが,広く高血圧や糖尿病の頻度の高い疾患、さらには健常と思われる高齢者においても観察される。食事性低血圧は、失神、転倒、骨折をきたすなど、日常生活を制限し、疾患予後に悪影響を及ぼすため、無症状であってもその程度が高度となれば治療すべきである。

健常者では、食事後には心拍出量が有意に増加し,収縮期血圧は一過性に上昇する。拡張期血圧は低下してもその程度はわずかである。食事性低血圧は、食事後に血圧が異常に低下する病態と定義される。食事性低血圧の判定基準はないが,食事後2時間以内において収縮記血圧で20mmHgないし30mmHgの低下、あるいは食前100mmHg以上で90mmHg以下に低下が一般的である。拡張期血圧の低下は収縮期血圧に比べて軽度である。高齢者では、ほぼ1時間前後で血圧低下が最大となりやすいが、自律神経機能不全症患者では食事中既に血圧低下が急速に生じたり、食事性低血圧の程度も高度であったりする。

食事性低血圧がみられる疾患・病態には神経疾患が多く、中枢性、末梢性の神経障害にかかわらず観察されている.中でも高度の食事性低血圧を呈するのは多系統萎縮症などの自律神経機能不全症が中心である。軽度の食事性低血圧は、自律神経障害が臨床的に明らかでない糖尿病や高血圧の患者、さらには高齢者において多い傾向がある。食事性低血圧の頻度は、施設入居高齢者で25〜67%である。Parkinson病患者では83%、40〜100%であり,便秘と同様に食事性低血圧の頻度は高い。食事性低血圧を誘発あるいは増強する危険因子には、脱水、発熱、高熱環境、長期臥床、運動不足、起立保持、食事時刻(とくに朝食)炭水化物食、大食、高温食、高血圧、神経疾患や糖尿病などの疾病の合併、降圧薬や抗Parkinson病薬などの内服、高齢なとがある。

食事性低血圧に関連した臨床症候は、めまい、立らふらみ、全身脱力、視症状、失神、吐き気、狭心痛、肩痛、転倒など血庄低下、脳環流低下に起因する症候が主であるが、臨床症候と食事性低血圧の程度との関連性についての知見はなく、個人差があるので個別に観察評価すべきである。

食事性低血圧の病態食物の栄養成分の中で、血圧低下が最も早く生じるのは、ブドウ糖、炭水化物である。水分のみでは血圧低下は生じない。次いで脂質、蛋白質の順であったことが明らかにされている。ブドウ糖による血圧低下の度合いが蛋白質に比較して大きいのは、心拍出量の増加が乏しく、一方門脈血流および下肢血流の増加が大きいことによると考えられる。

食事性低血圧の治療は、EBMの観点での高い有効性を示す治療法は少なく、非薬物療法を先行し,その後薬物治療を併用することが原則であ流。生活指導が大切である。非薬物療法では飲水が有用である。食前の飲水(350〜480ml)により1時間以上にわたる昇圧効果が、自律神経機能不全症や高齢者に確認されている。ブドウ糖や炭水化物の摂取は日中は少なくし、夕食に多く配分する。大食、一気食いは避け、頻回に分割して摂取する。食事の温度は高すぎないようにする。冷食は胃排出時間を遅らせる作用がある。飲酒は臥位及び起立時の血圧を低下させるので禁止し,昇圧効果が期待できるコーヒーや紅茶を摂るようにする。胃排出時間が短縮している病態や十二指腸に直接栄養液を注入すると血圧が低下しやすいため、経管栄養液の注入速度を速すぎないように調節する。入浴直後や暑い部屋での食事摂取は避ける。発熱に対して早めに対処する。薬物治療では糖吸収抑制薬(αGI)の使用が現実的であり、先ず推奨できる。