ホルモン補充療法(HRT)

ホルモン補充療法(HRT)は、循環器の立場からも、心筋梗塞を減らす?ということで、話題になっていました。米国では、1960〜70年代の「Feminine forever」ブームには、閉経期女性の50%がHRTを受けたとされています。その後も数多くの観察試験によりHRTが冠動脈疾患や脳卒中のリスクを低下することが報告されてきました。米国の看護師を対象に行った大規模臨床試験であるNHS(Nurse’s Health Study)では、 HRTは冠動脈疾患と脳卒中の死亡に関する相対危険度をそれぞれ0.47と0.68まで低下することが示され、すべての閉経後女性にHRTを考慮すべきとされ、米国では、HRTが広く普及していました。しかし、日本の土壌では、女性の冠動脈疾患の発症率は少なく、女性らしくとかanti-agingというニュアンスでは、疾患の治療としては普及しづらい雰囲気がありました。


WHIショック Black Wednesday?

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WHI(Women's Health Initiative )は、米国立衛生研究所(NIH)が行った更年期以降の米国女性のQOLをおびやかす疾患の発症予防対策を総合的に評価することを目的に行われた大規模前向き臨床試験です。検討された項目のなかに、HRT(エストロゲン単独療法、エストロゲン+プロゲスチン併用療法)が、心血管疾患、がん、骨粗鬆症の発症におよぼす影響を調査する研究が入っていました。

しかし、2002年の中間報告(平均試験期間5.2年)において、HRT群では対照群に比して骨折と結腸・直腸がんのリスクは有意に減少するものの、浸潤乳がんは予め設定したリスクの範囲を逸脱していることが判明しました。さらに、このHRT(結合型エストロゲン0.625mg/日と酢酸メドロオキシプロゲステロン2.5mg/日の配合剤を連続服用)を、冠動脈疾患の一次予防を目的として開始、継続すべきではないとの結論づけられ、本試験は、急きょ打ちきりとなってしまいました。

今回、試験中止にまでに至った要因としては、乳がんについては、HRTの期間が平均5年になると浸潤乳がんが有意に増加することが確認されたとはいえ、乳がんとHRTとの関連については、これまでも多くの報告(相対リスク1.3〜1.4倍)と比較して決して高いものではありませんでした。しかし、心血管系への影響として、一次予防も二次予防にも効果が認められなかったということが、心筋梗塞の発症率が高い米国にとっては、当然、良い結果を期待していただけに、かなりのショックだったようです。

WHI(Women's Health Initiative )の概要です。1991〜2005年までの15年間にかけて、閉経後(50〜79歳)の健康な一般女性16万人を登録し、HRT(エストロゲン単独療法、エストロゲン+プロゲスチン併用療法)低脂肪食、サプリメント(カルシウム・ビタミンD)の摂取、喫煙、運動などの生活習慣が、心血管疾患、がん、骨粗鬆症の予防に有効かどうかを調査した多施設の無作為前向き臨床試験です。その他、いろいろな疾患の観察研究を並行して行いました。HRT(結合型エストロゲン0.625mg/日と酢酸メドロオキシプロゲステロン2.5mg/日の配合剤を連続服用)についても、NHSのような観察研究により、欧米では虚血性心疾患の予防目的で多くの閉経後女性に対してHRT が行われていたわけですが、観察研究のため、どうしてもバイアスがあり得るため、50〜79歳までの閉経後女性1万6608人(HRT群8506人、対象群8102人)を対象に、無作為化した前向きの二重盲検試験が行われたわけです。5年経った時点の中間結果は以下の通りです。

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プラセボ群の発症率を1とした場合、ホルモン補充療法を行うと、大腸がんが0.63、子宮内膜がんが0.83と低下するが、反対に虚血性心疾患が1.29、脳卒中が1.41、 静脈血栓塞栓症が2.13、乳がんが1.26と増加が見られたとの結果でした。

乳がん26%増」という表記は、薬屋さんのパンフレットにある「心筋梗塞を33%減らした」というのと同じで、これは相対比率です。HRTを受ければ、100人中26人多く乳がんになってしまうわけではありません。注目を集めるために、マスコミがよく使う手であります。実際は、対照群は、10000人あたり乳がんが30人→30÷10,000=0.3%、HRT投与群は、10000人あたり乳がんが38人→38÷10,000=0.38%、すなわち、実数で言うと年間、0.08%しかリスク増がありませんが、計算すると8÷30=0.2666(26%増)となるわけです。

なぜ、こんな数字のマジックみたいなことがおこるか?実際には、乳がんになる人自体の数がかなり少ないので、小さい数を小さい数で割るので、こうなってしまうわけです。しかし、有意差が出たことも事実で、これらの数字をどう解釈するかには、医師の裁量にまかされているわけで、患者さんの背景によって、どう説明するかの違いがあるのではないでしょうか。ちなみに、子宮を摘出した女性に対するERT(エストロゲン単独補充療法)においては、この傾向は明らかでないとして、予定通り試験は継続されましたが、6.8年の時点で、乳がんは23%減ったのですが(有意差はなし)やはり、心疾患を抑制することができなかったということで中止となっています。この結果を受け、HRTは心疾患の予防に関して、否定的と考えられるようになり、欧米では、HRTの処方を受ける女性が減少しており、その減少と共に乳癌の発症率も減少しているという報告もある。

◎WHIのデータについて

WHI中間報告の妥当性については様々な議論があります。HRTの試験の対象者の問題点としては、高齢(平均年齢63歳)肥満(約7割がBMI 25以上)喫煙が多い、脱落率40%などが挙げられています。

日本では2004年に日本人女性を対象としたケース・コントロール研究「ホルモン補充療法が乳癌の診療に及ぼす影響とその対策に関する研究」(厚生労働省の研究班)が実施され、HRTは乳癌の発症リスクを高めないという結果が報告されています。この結果に対して、佐伯氏(班長)は、日本人では乳癌の発症ピークは閉経前にありることが一因ではないかと分析しています。

また、よく言われることとして、米人女性を対象にした調査結果をそのまま日本人女性に当てはめてよいか?ということです。たとえば人種的な違い、白人は、乳がん血栓症のリスクも高い(乳がんは、日本人の3倍以上、血栓症では10~20倍)という疫学の違いもあります。また日本では、BMI25以上を肥満と診断しており、全女性の2〜3割程度しかいませんが、肥満大国の米国では約70%がBMI25以上でした。(乳がんは、肥満の人でリスクが高まります。例えば、男性に肺がんが多いのではなく、たばこを吸う人に肺がんが多い(男性に喫煙者が多い)のと同じお話しです)

心血管疾患による死亡率の高い欧米では、心血管疾患の発症予防のために、30〜40%の閉経後女性が、HRTを内服してきました。しかし、日本でHRTというと、まずは更年期障害で処方しているケースが多いことがあります。更年期症状(のぼせ、ほてり、発汗など)膣炎、性行痛などに対するHRTの効果は明らかであるので、QOLを改善する目的での適応はなんの問題もありません。

厳密に言えば、心血管系疾患の予防を目的としては(もしくは乳がんの発生率が増えるかも?なんです。想定されたリスク範囲を超えただけで、有意差がついたわけではありません)結合型エストロゲン0.625mg/日と酢酸メドロキシプロゲステロン2.5mg/日の組み合わせによるHRTは行なわないということだけで、これ以外のHRT(使用ホルモンの種類と量)についての有用性と安全性を否定するものではないということです。実際に、最近のWHIのサブ解析では、HRTの投与を開始する年齢やタイミングが重要であることが報告されています。60歳未満で、HRTを開始すると冠動脈疾患のリスクを下げることができるが、60歳以上になると変わらない。また、閉経前後にHRTをすれば、冠動脈疾患のリスクを下げることができるが、閉経後10年以上過ぎると効果がなくなると言われています。乳がんのリスクについても5年以内は大丈夫で、HRTを止めれば、乳がんのリスクはなくなると言われています。


ホルモン補充療法とは

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HRTの歴史として、最初に登場するのは、1989年フランスの生理学者ブラウン・セカールが、イヌの睾丸をすりつぶして自分に注射し、下半身が元気になった(当時72歳)と発表したことは有名です。1890年には、豚の卵巣エキスを知り合いの助産婦さんに注射したのが、ホルモン補充療法の始まりと言われています。どんなエロ爺かと思いきや、どこかで聞いたことがあるこの名前、ブラウン・セカール症候群:脊髄のある部位の半側が障害されたときに障害部位以下でおこる運動麻痺や感覚麻痺などの症状を言います。国家試験にも出てくる立派なお医者さんです。anti-agingは、女性に限らず、永遠のテーマかもしれませんね。


女性の一生を考えてみますと、エストロゲンは、女性のライフステージによって分泌量が大きく変化します。日本人女性の閉経年齢の中央値は50.5歳と言われています。(1年間生理がないことを確認して初めて閉経したと言えます。最後の生理があった時の年齢が閉経年齢になります)一方で、日本人女性の平均寿命は、世界一であり、その1/3以上を閉経後として暮らすわけです。閉経は、エストロゲンの消退によっておこってきます。この閉経の前後の約10年ぐらいの時期を更年期としています。更年期障害は、更年期の女性の約20%の女性が悩まされているそうです。

更年期障害の診断は、更年期に該当する年齢で、月経が不規則、または1年以上月経が来ていない状態で、身体的不調と、精神的不調が同時に発症しており、内診や血液検査などで、婦人科系やその他の内科疾患等(子宮筋腫や高血圧症、心臓病、甲状腺など)が除外出来る場合に更年期障害を考えます。子宮摘出による無月経の場合は、性腺刺激ホルモンであるFSH値(卵胞刺激ホルモン)が 40mIU/ml以上でかつE2(エストラジオール)値が 20pg/ml 以下をもって閉経とします。それに対して更年期は、それまで順調であった月経が不規則で、FSHが高値、E2が低値を示せば、卵巣機能が低下したと考えられ、参考値とします。

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HRT(ホルモン補充療法)とは、更年期を迎え、分泌が低下してゆくエストロゲンを薬で補う治療法です。エストロゲンの分泌は、閉経の50歳前後を境にして急激に低下してきます。HRTは、エストロゲンの欠乏により引き起こされた症状を、エストロゲンそのものを補うことにより軽減させる治療法で、理にかなった?原因療法であり、更年期障害、高脂血症、骨粗鬆症(三大疾患)を予防します。

のぼせ、ほてり、発汗などの症状を改善する
◎性器の萎縮で起こる膣炎や性交痛を改善する
◎骨がとけだすのを抑え、骨量を維持し、骨粗鬆症を防ぐ
○意欲や集中力の低下を回復させ、気分の落ち込みを和らげる。
○悪玉コレステロールを減らし、善玉コレステロールを増やし、血管のしなやかさを保ち、動脈硬化を防ぐ。
○皮膚のコラーゲンを増やし、肌の潤いを保つ。anti-agingです。

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禁忌
◎重症の活動性肝機能障害
乳がん乳がんの既往 
◎子宮体がん 
◎妊娠
◎血栓塞栓症、血栓塞栓症の既往
◎冠動脈疾患の既往
脳卒中の既往

患者さんが、HRTを希望すれば(anti-agingも含め)禁忌がなければ、HRTのリスク(心筋梗塞乳がん)を説明して了解を得られれば、Goですが、プライマリーケア医が、有効、安全かつ快適なHRTをするためには、60歳未満(閉経後10年未満)がbetterです。

子宮がない場合

プレマリン(妊娠した馬のおしっこから生成)が最もよく使われていますが、いろいろな代謝産物が入っているので、いろいろな副作用(出血、乳房痛など)をさけるためには、17βestradiol単剤、少量、経皮製剤の流れになっています。


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 肝臓初回通過効果
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摂取された薬剤は、消化管などから吸収され門脈に入ると、全身を循環する前に肝臓を通過する。このとき、肝臓に多く発現している代謝酵素によって、摂取した薬剤が代謝されることを初回通過効果といいます。エストロゲンは、肝臓で代謝されることによって、いろいろな代謝産物が出来て、副作用の原因になると言われています。経皮製剤は、卵巣から出るホルモンと同じで、直接体循環に入ることで、脂質への好影響(TG、LDLサイズ)血管炎症、凝固系のリスクを下げる、胆嚢疾患のリスクを下げるなどのメリットが言われている。

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HRTは、効果のある最低量から開始し、必要に応じて増量すべきであり、低用量製剤から使用することが勧められています。

低用量通常量
経口ジュリナ 0.5プレマリン 0.625
経皮(パッチ)フェミエスト 2.17フェミエスト 4.33
エストラーナテープ 0.72
経皮(ゲル)ル・エストロジェル 1pushル・エストロジェル 2push

◎ジュリナ 骨粗鬆症の適応もあり。
 
エストロゲン単独連続投与法を採用します。

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プレマリン 0.625〜1.25mg/日 連続投与
エストラーナテープ 隔日貼付
エストリール 1mg~2mg/日 連続投与
ジュリナ 0.5mg/日 連続投与

子宮がある場合

エストロゲン単独で治療すると子宮内膜増殖症子宮体がんが合併するため、エストロゲンにプロゲスチンを必ず併用します。

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プロゲスチン(プロベラ2.5mg、ヒスロン5mg)1日2.5〜15mg 1〜3回分服
エストロゲン/プロゲスチン配合剤 ウェールナラ 1日1錠
骨粗鬆症にしか適応なし。

エストロゲン・プロゲスチン併用療法
(1)周期投与法
プレマリン 0.625〜1.25mg/日を21日間内服
エストラーナテープ 隔日貼付22日間施行し、後半の10日間MPAプロベラ、ヒスロン2.5mg~5mgを併用し、7日間休薬する。消退出血が休薬期間中にみられる。

(2)エストロゲン連続・プロゲスチン周期投与法
プレマリン 0.625〜1.25mg/日を連日投与
エストラーナテープ 隔日貼付し、MPAプロベラ、ヒスロン2.5mg~5mgを10日間毎月ほぼ一定の時期に服用する。この方法は(1)の方法に比べて休薬中ののぼせ等の更年期障害の再発がなく、またMPAの服用時期を一定の時期にすることが可能なため、飲み忘れの防止になる。

(3)エストロゲン・黄体ホルモン併用連続投与法
プレマリン 0.625mg およびMPAプロベラ、ヒスロン2.5mg/日を連日併用する。服用初期は不正出血(破綻出血)がみられるが、3カ月〜6 カ月以上経つと子宮内膜が萎縮して子宮出血がほとんどみられなくなる。これにより薬剤服用に対するコンプライアンスがよくなる。


いつ止めるか?

HRTは、ライフデザインドラックです。いつ止めるか、いつまで続けるか、HRTの服薬期間を決める根拠はないので、本人次第です。ホットフラッシュは、治療をしないでも、平均2年で収まると言われています。(個人差あり、5年というデータもあります)調子が良くなってきて、飲み忘れが増えてきたら止めどきかもしれません。5年目をひとつの区切りにするという考え方もあるでしょう。漢方薬に変えながら、徐々に減らしてという手もあるかもしれません。65歳以上から、HRTはあまりお勧めしていませんが、最初の2年ぐらいは心筋梗塞が増えることを納得した上で、また5年を過ぎると、ちょっと乳がんが増えるけども、総死亡率が下がるという研究もあり、乳がんやその他の異常所見の有無をチェックして安全性を確認しながらanti-agingのために、HRTを継続するという選択肢も全くOKです。

たとえば、がん経験者に対するホルモン補充療法については、原則禁忌になっています。しかし、若年で卵巣摘出を余儀なくされたがん患者さんが、本来卵巣から自然に分泌されていたであろう女性ホルモン量を大きく下回る量のホルモン補充を行ったとしても、それが原因で乳がんを発病するとは考えにくいような気もします。(閉経まで女性ホルモンが分泌された上にHRTを追加するのとは異なる)


OCからHRTへの切り替えは?

経口避妊薬(OC、ピル)もHRTもいずれも卵胞ホルモンと黄体ホルモンを併用するホルモン療法ですが、薬の活性が、OCの方が6〜8倍あるため、HRTへの切り替えは、難渋することがしばしばあります。いつ切り替えるか?40歳以下はOC、50歳以上はHRTとして、40〜50歳でトライするとして、すぱっと切り替えるのも徐々に切り替えるのも結局同じようで、生理が始まってしまって、妊娠してしまう可能性もあり、HRT量を少し多めから始めるなどの工夫もしますが、患者さんの顔色を見ながら、ややこしければ、専門家に任せた方がいいかもしれません。