一力茶屋

たつの市・揖保郡医師会の研修旅行で京都にに行ってきました。

午後2時にたつの市はつらつセンターをバスで出発し、午後5時にウエスティン都ホテル京都に到着。


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夕食は、花見小路の「一力茶屋(一力亭)」に行きました。まだ、京都独特の一見さんお断りの慣習が残っている世界です。花吉兆の先代が太子町と関係があるらしく、医師会御用達の国際旅行に企画して頂きました。


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嵯峨山先生の講釈によると、江戸時代の初め、寛永年間に八坂神社の門前で営業された水茶屋がこの花街の始まりで、祇園町と称するようになりました。

平安物語の冒頭は、祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きありで始まります。祇園という名前はインドにある寺院に由来しているそうです。

江戸末期の最盛期にはお茶屋が500軒あったそうです。その中でも「一力亭」は創業300年、現在14代目を数え、ひときわ格式が高いことで知られています。かっては萬屋(万亭)という屋号でしたが、お上に遠慮して「万」の文字を「一」と「力」の二文字に分けたそうです。

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の七段目が有名な「 祇園一力の場」 大石内蔵助が主君の仇討ちのことなど忘れてしまったかのように、世を欺いて遊び呆けるお芝居です。当時、山科にいた大石内蔵助が書いた直筆の礼状を一力の女将さんに見せてもらいました。

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舞妓さんや芸妓さんは、置屋に所属し(タレントでいう所属事務所)お茶屋さん(賃座敷)に派遣されるシステムで、祇園の老舗の仕出しやさんからの料理を座敷に運んだり 、三味線や太鼓や唄に合わせての洗練された舞(井上流で 演目は「もみじ」「東山名所」(最初の写真))を踊ったり、 独特の京言葉が華を添えて、宴会の雰囲気を演出してくれます。

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概ね10歳代の見習いが「舞妓」20歳以上が「芸妓」と呼ばれますが、30歳を過ぎると髪を挙げるようです。一番簡単な見分け方は、だらり帯といって、背中の帯が長いのが舞妓さんで、短いのが芸妓 さんです。 元禄の昔に思いをはせて、京の独特の文化を満喫させて頂きました。

祇園のシンボルともいうべき舞妓さんは、現在30人余りです。千社札を頂いた舞妓さんと一枚。

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翌日(20日)は、観光組は「六波羅蜜寺」「三十三間堂」伏見散策などを巡り、ゴルフ組は「瀬田ゴルフコース」に行きました。

瀬田ゴルフコースは、琵琶湖や比叡山が望まれるなだらかな丘陵地に広がる54ホール。特に、北コースは、井上誠一氏設計の戦略性に富んだ個性あふれるコースで、全米女子プロゴルフ協会公式戦「ミズノクラッシック」の舞台にもなりました。

日本におけるゴルフの発祥は、1901年、神戸ゴルフ倶楽部六甲コースで、現在、2500余りのゴルフ場がありますが、井上誠一は、日本の名門コースである廣野や川奈などを設計したチャールズ・アリソン(アリソンバンカーとして有名)を師事し、日本文化である浮世絵や仏像などの曲線美、日本庭園の作庭技法などを取り入れ、38のゴルフコースを手掛けています。この18番ホール(パー5)は葛飾北斎を構図を彷彿させる空間がデザインされていました。
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第2組は、写真右から内海先生(医師会で一番上手)と藤末先生、私、味木徹夫先生(太子病院)でした。 昨日は大雨(ダンロップフェニックスも中止)バンカーは池になっていましたが、今日はなんとか曇りになりました。ちなみに、スコアは48(OUT) 44(IN)で92でした(昨年と同じ、進歩なしです。)

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